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2007年04月17日

メモログ

◎手職の人々の原点へ
― 16世紀文化革命と「通詞」たち 宮下志朗
「隠れキリシタン」の里を訪ねて、長崎県に行ってきたのだけれど、「オランダ通詞」という存在が気になった。

地動説を伝えた本木良永や活版印刷術の本木昌造を出した本木家も、『紅夷外科宗伝』の楢林鎮山、シーボルトの弟子で種痘を実施した楢林宗建の楢林家も「オランダ通詞」の家柄だ。通訳という職掌を通じて近代科学にふれて、未知の学問分野に挑戦していった俊英たちがいた。

楢林鎮山の『紅夷外科宗伝』(1703)はオランダ語から訳されたのだから、「蘭学」という枠組みで語られるものの、実は、フランス16世紀を代表する外科医アンブロワーズ・パレ(1510-90)の著作である。オランダ商館医から、オランダ語訳を寄贈された鎮山が翻訳に着手したのが真相だ。

このパレが、本書『一六世紀文化革命』の主人公のひとりである。

出版ダイジェスト No.46 2007 春より

◎ありのまま 生きて(1)「また失恋」友の指点字
― ‘孤独の宇宙から救った母’
目が見えず、耳も聞こえない。
「ヘレン・ケラーの世界って、どんなんやろ?」
福島智(44)は8歳の夏の日、裏山で目を閉じてみた。



3歳で目に異常がみつかり、5歳で右目を摘出。9歳で左の視力も失う。だが、やんちゃで白いつえで動き回り、ピアノも弾いた。18歳で音を奪われ、ヘレンと同じような障害をもつ身になる。

無音漆黒の世界にたった一人。果てしない宇宙に放り出されたような、孤独と不安。「人とのコミュニケーションは、魂にとっての水、酸素。それなしでは、まるで『牢獄』にいるようです」

友人に点字の手紙を出した。
「でも、おれが生きる意味、使命があるのかもしれない」

福島を救ったのは、母令子(73)が思いついた「指点字」だ。

あの日、神戸のつましい市営住宅の台所。通院に付き添う支度ができていない。いらだつ18歳の息子に令子は、ふっと思った。これ、わかるやろか。

点字は六つの点の組み合わせで50音などを表す。点字のタイプライターは、両手の人さし指、中指、薬指の6本を使って打つ。同じように息子の指先に打ってみた。

さ・と・し・わ・か・る・か

息子は、にっと笑った。「わかるでえっ」。通じた!令子は、もううれしくて天にも昇る心地。だか福島は「ようその体重で天に昇れまんな」と母をちゃかした。



真骨頂は、無念や怒りを挑戦のエネルギーに変える底力、そしてユーモア。「未知の惑星に不時着した。音もなく何も見えない。どうやって生還する?」。極限にいる自分を眺め、おもしろがる。幼い頃からSFと落語が大好きなのだ。

宇宙の無限の時の流れからみれば、人の一生は一瞬のまぼろし。そのはかなさに、逆に救われる。自殺、を思ったことはないのですか? 「それはないです。あわてなくても、いずれみんな必ず死にますから。あせる必要ない」

朝日新聞4月16日夕刊1面より

◎弱い人間ほど遠い救済
― 菊地凛子出演【バベル】イニャリトゥ監督に聞く
一丁の猟銃が、海を越えて悲劇の連鎖を生む。

モロッコの子供がいたずらで放った銃弾が、観光バスの米国人女性(ケイト・ブランシェット)を撃つ。夫(ブラッド・ピット)は助けを求めるが、住民と言葉が通じない。米国はテロと見なし、モロッコ政府は助けない。皮肉にも、この悲劇で夫婦はきずなを取り戻し、幼子を失った罪悪感を分かち合うが、留守番の子供たちに悲劇が…。

「コミュニケーション不全による悲劇の物語。だが、言葉や宗教の違いによる誤解や恐怖心を乗り越える姿に、人間の希望の光をみいだしてほしい」

心と心を隔てる「壁」を端的に描いたのが、日本での撮影場面だ。菊地演じるろうの高校生は奇異の目にさらされ、心はすさむ。ふれ合いを求めて仲間とドラッグを飲み、さらに父(役所広司)の猟銃が、はるかモロッコで「また」悲劇を生んだ。父子は言葉なしに和解できるのか、と問う。

「米国人夫婦も、日本の父と娘も、手を握り合い、肌を触れ合うことで救われ、再生の機会をつかむ。その私自身の信念をフィルムに映し込んだ」と語る。

ただ、誤射したモロッコの子供たちには、救済が用意されていない。 「貧しい国、弱い立場の人間ほど、失うものが大きく、救済も遠いという現実を象徴させた。現実の戦争にも見て取れる世界のアンバランスを描きたかった」と言う。

朝日新聞4月16日夕刊9面より

 
posted by sakae at 23:54 | Comment(6) | TrackBack(0) | メモログ

2006年10月05日

メモログ ― 春木育美『現代韓国と女性』

少し前に《急速な少子化現象 ― 韓国女性の合計特殊出生率は世界最低》でふれた、春木育美さんの『現代韓国と女性』の第1章「韓国の家族と少子化」と第2章「韓国の働く女性」を読みました。

数々の統計資料が駆使され、現代の韓国の女性の置かれた状況の一端を知ることができ、有益でした。

例えば、日本や先進諸国にも見られる少子化。その要因として、「未婚率の上昇や晩婚化、女性の高学歴化と社会進出、育児と仕事を両立させる環境の未整備」等があげられるのは共通していますが、「韓国の少子化は、急速に、しかも短期間に生じていること」は目を引きます。

上記の本に掲載された資料をもとにグラフ化してみました。(p.30)


birth.gif


韓国統計庁『人口動態統計年報』・厚生労働省統計情報部『人口動態統計』をもとに作成

結婚後は子どもを持つことが当然視されてきた韓国で、家族観に変化が起きていることもまた注目される。「必ずしも子どもを産む必要はない」と考える人は、
1991年には8.5%にすぎなかったが、
2002年には44.9%に急上昇している(保健社会研究院 2003)。

既婚女性のみを対象にした調査では、「子どもがいなくても構わない」と答えた比率は35.6 %と、3人に1人を占めた。既婚女性が「子どもがいなくても構わない」と言えるようになったこと自体、大きな意識の変化を物語っているといえる。

韓国女性は、少し前まで、結婚して子どもを産み育てるという選択肢しか認められず、出産によって女性の存在証明が認められてきたといっても過言ではないからである。

「結婚すれば子どもを持つもの」という韓国社会の伝統的価値観は大きく揺らいでおり、その傾向は女性に顕著にみられる。性役割に縛られない結婚や家族のあり方を望む女性が増えたことは、結婚観や子ども観の変化に如実にあらわれている。
(p.46〜47)

昨今の韓国ドラマにおいて、日本の小説を原作としたものや、日本のドラマをリメイクしたものが増えているというのは、もしかしたらこうした韓国社会の変化を反映しているのかもしれません。

ぼくとしては、チェオクが“子どもを産めないからだ”になったことを、なぜあんなにも決定的なこととして考えるのか「?」だったのですが、韓国においてはつい最近まで“伝統的価値観”が女性を支配していたのですね。

また【ファン・ジニ】がここにきて、ドラマ・映画・ミュージカルとたてつづけに取り上げられるのも、関係がありそうです。
 


posted by sakae at 23:03 | Comment(2) | TrackBack(0) | メモログ

2006年09月24日

メモログ ― 韓国ドラマを理解するための用語集<その1>

【茶母】(チェオクの剣)や【ファン・ジニ】の時代背景は、朝鮮王朝時代ですから、当然近・現代の韓国とは異なります。

ドラマを理解するうえで、必要となる言葉をメモしておこうと思います。

川村 湊◎編『韓国』(知の攻略・思想読本6)より

◎ハングル
…ハングルが創製されたのは、今からおよそ560年ほど前の1443年で、試用期間を経て正式に公布されたのは1446年10月上旬のことであった。

公布された当時は「訓民正音」といった。「民を訓(おし)える正しい文字」という意である。…

朝鮮の文字を「ハングル」と呼ぶようになったのは近代になってからだ。

1930年代の半ば、朝鮮人の民族意識を抹殺し、朝鮮人を自分たちの意のままに操り大戦に駆り出そうと躍起になっていた日本の軍国主義者たちは、ついに朝鮮語、朝鮮文字をこの地上から無くす政策に踏み切った。

危機感をつのらせた朝鮮の民族主義者たちは朝鮮語、朝鮮文字を守る運動に立ち上がり、それまで漢字を「真書」(ジンソ・真の文字)と言い、卑下して「諺文」(オンムン・田舎文字)と称していた「訓民正音」を「ハングル」に改称したのであった。…
(尹学準)(p.163)

時代をさかのぼるほどに、文字はハングルではなく漢字が中心となります。ハングルは近代になるまであまり正式には使われなかったといいます。

15世紀より前には存在しなかったのですから、当たり前ですが古代を舞台とするドラマには登場したらおかしなことになります^^


◎両班(ヤンバン)
ヤンバン(両班)とは、高麗や李王朝において、官僚を出すことのできた身分の高い上流階級、世襲的な身分をもつ支配者階級のことで様々な特権があった。

語意は、朝議などの時、国王を中心にして文班は東に、武班は西に整列したことから、文・武合わせての「両班」である。

…朝鮮のヤンバンは、…なぜか武班を極端に軽んじ文班に重きを置いた。

また朝鮮のヤンバンは中世の欧州や徳川期日本のように法制的な手続きを通じて制定されたのではなく、長い時間と社会慣習を通じて形成された階層である。したがってヤンバンと非ヤンバンとの境界は曖昧で、かつ相対的で主観的である。

朝鮮社会の病弊ともいわれる“両班への上昇志向”は、民主主義の世の中になっても一向に収まる気配がないばかりか、ますます勢いづいている。

韓国が真に近代化するためには、この前代の亡霊である両班から逃れることであろう。
(尹学準)(p.162)


◎白丁(ペクチョン)
朝鮮には両班(ヤンバン)・中人(チュンイン)・常民(サンミン)・奴婢(ヌビ)といった身分制度があったが、日本のエタ・非人といわれる被差別階級にあたるのが白丁(ペクチョン)である。

屠殺や皮革を原料とする加工業に携わっていた人たちに対する職業的差別を起源とする。

中世以降、朝鮮には四賤の制度があり、僧侶・巫堂(シャーマン)・広大(クワンデ・芸能民)・白丁などが賤民としてさまざまな社会的差別を受けた。

奴婢随母法があり、良民を父として生まれても、賤民としての奴婢の母の身分を受け継ぐものとされ、賤民から良民への身分の上昇はきわめて難しく、婚姻、職業はもとより、衣装、居住地、慣習、姓氏の面で被差別民として歴然たるものがあったが、その社会的な解放は近代化を待たざるをえなかった。
(川村亜子)(p.168)


前田 速夫『白の民俗学へ 白山信仰の謎を追って』より

◎クグツと白丁(ペクチョン)
朝鮮半島には、かつて白丁(ペクチョン)と呼ばれた差別された人々がいた。

…李朝時代の朝鮮では、滅亡時に高麗から流れ込んだ放浪する被差別民のことをいい、今西龍『朝鮮白丁考』によれば、柳器を作り、狩猟に従い、馬を役するに長じ、屠獣を業とし、皮革類をもって生活に資する習俗を持っていた禾尺(ファチョク)白丁と、同じく柳器を作り、狩猟に従事するが、屠獣を業とせず、代わりに歌舞・遊芸を事とし、その女子には占筮・祈祷を業とする者が多い才人(ジェイン)白丁の二種類があった。

…後者、才人白丁は、その生業からして、わが国のクグツにそっくりだ。
(p.107)

 
身分制度は、嫡子、庶子の区別も厳しかったといいます。
 
ユンやチェオクの抱える鬱屈感は、想像以上のものがありますね。
 
posted by sakae at 03:45 | Comment(3) | TrackBack(0) | メモログ

2006年09月12日

メモログ

新聞を毎日読んでいると、“あっこれはいいな”という言葉に時にぶつかります。こまめにメモするとかスクラップとかする質(たち)ではないので、これまではそのまんまにしていたのですが、ちょっともったいないなという思いもありました。

ブログをメモログとして使えばいいんですよね。と、いうことで…

◎美術家・横尾忠則
「少年時代を超えることがいちばんむずかしい」
書き留めておこうと思っていたのに、いつのことだか思い出せません。最近なのに…。

◎映画監督・黒沢清 ― 【LOFT】ホラーの豊かさを取り戻す
「作っただけでは一本の映画に過ぎない。語られて、時には活字になることで作品になる。

しゃべりたい、次を見たい、という気持ちによって映画はなんとか続いてきたと思っていますから」
日経2006年9月9日〈語る〉

◎作家・稲葉真弓 ― 夢の中の街に会う
「夢を見るたびに身体にまつわりつく重ったるい粒子の質を説明しようにも、夢の中の空気はもとより現実の空気とは違う。

その違いをどう伝えたらいいのか、言葉は壊れた傘みたいにぎくしゃくして、思うように開いてくれない。」
日経2006年9月10日〈文化〉

不定期ですがやっていきたいと思います。(自分用です^^)
 

posted by sakae at 22:47 | Comment(2) | TrackBack(0) | メモログ
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