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2007年10月13日

‘なぜインドネシア語だったのだろう’ ― 小野俊太郎『モスラの精神史』

すでに各紙の書評欄で取り上げられているように、この本は‘モスラ’を語りつつ、それを取り巻く日本の戦後史の一面を見事に語った、魅力あふれる一冊です。



今回とりあげたいのは、帯にもある‘あの歌’ ― 映画の中でザ・ピーナッツが歌った歌がなぜインドネシア語で書かれたのかをめぐる考察の一端です。

それに先立ち、日本とインドネシアとの「一筋縄ではいかない」関係が述べられます。そもそも「インドネシアや南太平洋の神話と記紀神話との間に共通性があ」り、「共通の祖をもっている可能性すらありうる」という指摘からはじまり ―

十四世紀以降、主にバタビヤ(ジャカルタ)を中心に、「朱印船」や「からゆきさん」や「軍政」といった言葉で代表されるかたちで、日本とインドネシアの関係は続いてきた。

そもそも鎖国時代の日本に蘭学が入ってきたのも、オランダ東インド会社が現在のインドネシアの西半分やマレー半島を支配していたからである。蘭学というヨーロッパの文化ヘの窓口は、インドネシアの植民地支配という現実があってのことだった。しかもスマトラの石油などの具体的な産物への関心が、太平洋戦争の戦況を動かした点は忘れるわけにはいかない。
(p.140〜141)

インドネシアの地理的位置は、オランダと日本の間に位置しています。そんなことは言うまでもないことですが、‘海洋の道’を思い描くときこれは大切なポイントですね。

Indonesia.gif


ちなみにこの地図は、ウィキペディアにも採用されている《Online Map Creation》を使って作成しました^^

インドネシアは多民族国家である。その統一のためには共通する言語が必要で、それが一九四五年憲法で決まったインドネシア語だった。しかも「モスラの歌」となったインドネシア語の普及自体に、結果として日本が加担した面がある。

オランダ統治下ではオランダ語が支配語だったのが、その地位を駆逐された結果、第二公用語だったインドネシア語が新しい地位をえたのだ。


交易のために発達した共通語を、オランダが統治に利用して、第二言語にしたわけである。当然ながら、ジャワ人など現在もその選択に反感をもつ人びともいる。そもそも、人工的な言語やメディアによる統一された国家とは「想像の共同体」なのだが、この語はインドネシアの状況を説明するためにベネディクト・アンダーソンが明確にした概念だった。インドネシア語はそうした運命を背負った言語なのだ。

ただし、日本はインドネシアにおけるオランダ語の支配を終了させたかもしれないが、三年半の軍政下で日本語教育もおこなった。その断片がひとつの作品の形で残っている。それはほかならない「モスラの歌」の作曲家である古関裕而が、サトーハチローと組んで作った「アイウエオの歌」である。

これは一九四五年に公開されたアニメーション映画『桃太郎海の神兵』で歌われた。インドネシアのセレベス島メナスでの海軍の落下傘部隊による戦闘を扱っていた。挑太郎の鬼退治を下敷きに、そのまま動物のキャラクターで描いたものである。ただし、桃太郎や敵側は人間の姿をしている。

日本語教育のようすを描くなかで「アイウエオの歌」が登場する。ハーモニカで始まったメロディが、「アイウエオ」という合唱になり、しだいにみごとに組みあわされ、最後にはワーグナー流の壮大な曲となっていく。これを公開当時観た手塚治虫が感動して「ジャングル大帝」で再現したのでも有名である。
(p.141〜143)

話題はさらに、「そもそも、日本における怪獣映画の起源が、インドネシアとは因縁浅からぬものがある。…」と広がりを見せていきます。興味を持たれた方は是非手にとってみてください。

話題満載です^^

 







posted by sakae at 00:28 | Comment(2) | TrackBack(0) |
この記事へのコメント
講談社現代新書からまたまたsakaeさんを刺激する奥の深い一冊が!ご紹介に、この新書というスタイルなれど、この本がいかにスゴいかが伝わってきます。

子供のときに観た【モスラ】、ノスタルジーで思い起こすシーンの数々といいたいところですが...^^;
お話のザ・ピーナッツ扮するちっちゃな美人姉妹?が歌うエキゾチックな「モスラーや、モスラー♪...」は、忘れもしません。その次の「ドンガカタークヤ、インドムー....」だったかしら?←これがインドネシア語だったのですね。その当時はわけもわからず口ずさんでおりました^^;

先にsakaeさんにご紹介いただいた中沢新一さん『アースダイバー』で、この【モスラ】のアイディアをねったのが福永武彦さんや掘田善衛さんといった「昭和文学を代表する著名な作家」さんたちだったと知りました。そして、誰もが忘れられない東京タワーに糸をはき、繭をつくり、その繭を破って美しく復活をとげるシーンへの考察になるほどと共感したのを覚えています。夏になると養蚕業を営む親戚の家に行くのが恒例だった私には、幼い頃に目にしたお蚕さまの美しい営みが重なり、意味深で印象的、何ともいえぬ余韻の残るシーンの一つでした。

南洋からやってくるモスラ、日本とインドネシアとの「一筋縄ではいかない」関係、そこには歴史があるようですね。
一遍の怪獣映画にみる縦糸と横糸。様々な視点から多くの事が語られていそうです。早速、手に取らせていただきます!
Posted by saki at 2007年10月13日 06:40
ご紹介の一冊。 先日読売新聞での書評が掲載されていたことを思い出しました。

普段目にする蛾が巨大化する【モスラ】の映画は、子ども心にも映画のシーンの中ではコワいものがありましたが、それをほぐしてくれたのがザ・ピーナッツの可憐な歌声です。
あの歌がインドネシア語ということは…おまじないのように聞こえた歌に驚きを持っています。

福永武彦さん・中村真一郎さん・堀田善衛さん。
純文学で多くの作品を世に出していらっしゃる方々のもうひとつの作品
「モスラ」。

今まで教えていただいたオランダのお話や、機会あるごとに紹介していただく韓国の史劇を視聴していても、物を商うということは利益を得るだけではなくて、政治戦略・文化のつながり・人々の交流など、想像以上に多くの働きや使命を持つ事に気づかされます。
そこに「モスラ」から拡がるインドネシアのお話。
交易によってオランダの文化が根付いた?インドネシアの国に、大戦当時の日本が貢献していること…教育という形は短くても、力を貸す事ができたことは大きいのかもしれません。
古くから交流のある国。 めぐってのつながりを感じます。

sakaeさんの力作! 《Online Map Creation》での地図を拝見しながら、海の交易や陸の交易が果たしてきた役割の大きさを更に感じます。

先日読んでいたとある本にも神話の共通性のことが書かれてあり、この『モスラの精神史』にもその指摘があるというお話。 ページをめくることがとても楽しみです^^

天皇家では蚕の世話をして繭から糸をとることがお務めのひとつとしていつも報道されますが、そのことも思い出させてくださる一冊の本から溢れるお話。

>話題満載です^^

のひと言がきっちりと語っていらっしゃいますね。

10月21日放送のNHK-BS【週刊ブックレビュー】でもライターの玉木正之さんがこの一冊を取り上げてくださるようです。

http://www.nhk.or.jp/book/prog/2003preview02.html

まとまりがなく長くなってしまいましたが、海と本と映画のつながりに
感動をいただきました^^
Posted by vita88 at 2007年10月13日 07:31
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