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2006年11月18日

フジテレビ【虹を架ける王妃】 ― “朝鮮王朝最後の皇太子と方子妃の物語”

録画しているだけ状態のドラマがたまる一方ですが、こちらは何としても観たいと思っています。

日本の皇族から初めて異国に嫁いだ、方子女王(菅野美穂)。
留学という名のもとに11歳という幼さで日本に連れてこられた悲運の朝鮮王朝最後の皇太子・垠殿下(岡田准一)。
明治、大正、昭和という激動の時代、日韓の相克する渦の中で"日鮮親善"の美名のもとに政略結婚といわれて結ばれた運命的な縁を、真実の愛にしようと生きた二人。しかし、各地での抗日運動、垠の父親・高宗皇帝の急死、方子と垠の長男の急死、関東大震災、太平洋戦争終戦後の皇族地位剥奪など、様々な辛苦が二人を襲うのだった。
歴史の渦へと巻き込まれた美しく切ない恋の物語を、世界文化遺産、重要文化財などでのロケを交え、壮大なスケールで描いていく。

詳しく知りませんが、愛新覚羅 溥傑(あいしんかくら ふけつ)と嵯峨 浩(さが ひろ)とを連想します。【流転の王妃・最後の皇弟】のDVDもいつか観たいと思っているんですが…
 
posted by sakae at 17:46 | Comment(12) | TrackBack(0) | 映画/ドラマ
この記事へのコメント
李方子さんと李垠殿下のお話は、ある年代の方々にとっては日本の歩いてきた歴史とも重なり、ひと言ではくくれない時代のお話ではないでしょうか。

その中で、おふたりの心通う姿をこうしてドラマで拝見できることは本当に嬉しく、貴重な時間を味わえそうですね。
オフィシャルサイトをちょっぴり拝見しましたが、韓国・昌徳宮でのロケというのも、ドラマに深みが加わりそうです。

愛新覚羅 溥儀さんのお話は【ラスト・エンペラー】も思い出します。
お話のDVDは、常盤貴子さん・竹之内豊さんの熱演が思いだされます。

日本と韓国・日本と中国、まさに「架け橋」となられた二組の、どちらも歴史を語る上では外せない出来事ですが、その荒波の中を確かな意思を持って生き抜いた方たちのお話…。
【虹を架ける王妃】翌週末が楽しみですね。
Posted by vita88 at 2006年11月18日 18:21
訂正いたします。
竹之内豊さん→正しくは「竹野内豊」さんですね。
お名前を間違えてしまい、申し訳ありません。
Posted by vita88 at 2006年11月18日 21:40
【流転の王妃・最後の皇弟】2003年でした。とても素晴らしいドラマでした。奇しくもご紹介の【虹をかける王妃】と同じこの時期の放映でしたね。葉加瀬太郎さんの音楽も、歴史に翻弄されながら、自らの運命に抗い、互いを信じ、愛を貫く。このドラマが描く愛は、二人の間だけにとどまらなかったように思い出します。
参考まで。http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1922820

去年拝見した、劇団四季のニュージカル【李香蘭】も思い出しておりました。

映画【ラストエンペラー】も素晴らしい映画でした。葉加瀬さんもこちらの映画で音楽を担当された坂本龍一さんをリスペクトされたのでしょう。
その溥傑が1907年生まれなら、こちらにご紹介の李垠はそれより遡ること10年の1897年生まれ。時、同じくして中国と満州と朝鮮で起こったこと...。李方子さんの天真爛漫に少女時代のお写真に『はいからさんが通る』を重ねてしまいました^^
officialサイトに”垠殿下の留学から終戦直前までを中心に描いていきます”とありますので、後半になる半生をご紹介させていただきます。
◯英親王・李垠(1897−1970)
...1945年、解放後、帰国を試みたが、韓日の国交断絶および国内の政治の壁にぶつかって、帰国の希望は挫折した。一方、日本の敗戦で、皇族の特権も失われ、在日韓国人として登録し、1963年まで日本で過ごした。
その後、1963年11月、当時の朴正煕国家再建最高会議議長の周旋で韓国籍を回復し、夫人の方子女史とともに帰国した。帰国当時、脳血栓症による失語症に苦しみながらも、1966年には長い間の宿題だった心身障害者再活院自行会を設立して、運営した。1970年、持病のため73歳で世を去った。
彼の死後、夫人の李方子女史は英親王記念事業会精神薄弱児教育施設の慈恵学校、1982年、身体障害者教育施設の明恵学校などを設立し、彼の遺業を継承した。
彼は方子夫人との間に二人の息子を得た。長男は幼くして死去し、次男はアメリカ人女性と結婚して、アメリカで暮らしていたが、1996年12月、韓国へ永久帰国した。
陵は京畿道美金市の金谷陵内にあり。1989年4月30日、李方子女史もここに、ともに葬られた。(『朝鮮王朝実録』P355より抜粋させていただきました。)

李方子女史がかけた虹はいたるところに...。
教育史にも残る方だったのですね。
Posted by saki at 2006年11月19日 00:39
おはようございます。
申し訳ありません、↑があまりにながくなりすぎましたので、改めまして。

>【流転の王妃・最後の皇弟】のDVDもいつか観たいと思っているんですが…

とのお話ですが、本がお好きなsakaeさん。
こちらはいかがですか?
■愛新覚羅 浩 (著) 『流転の王妃の昭和史』  
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4101263116/ref=pd_rvi_gw_2/250-3954659-8745014


同じく、李方子さんにも自伝があるようですね。
■『歳月よ王朝よ―最後の朝鮮王妃自伝 』(三省堂1987/08)
■『動乱の中の王妃』(講談社1968)
他、『すぎた歳月』(明暉園)・『流れのままに 』(啓佑社2000年)。

こちらは参考に。
■本田節子『朝鮮王朝最後の皇太子妃』〈文春文庫1991〉
■渡辺みどり『李方子妃 ― 日韓皇室秘話』〈中公文庫2001〉

ドラマを視聴してから手に取ってみるのもいいかもしれません。
Posted by saki at 2006年11月19日 07:01
ご紹介の【虹を架ける王妃】を視聴しました。

こちらの作品も、衣装・調度品・装飾品が見事で、世界文化遺産を中心としたバックの風景も物語を美しく演出していました。

方子妃が李垠殿下と心通わすまでが丁寧に描かれて、女性としてとても共感できました。お二人の婚礼のお衣装、特に方子妃の頭を拝見、【宮】の総理の頭の上にそれが落ちたシーンが重なって、思い出し笑い(!?)してしまったのは少々、不謹慎かな?
第一子・李普の急死。親より先に死んでしまうことを、「孝」を重んじる韓国では、最も親不孝と考えられ、お葬式も出してもらえないというお話がありました。お二人の悲しみを察するにあまりあるものが...。【ファン・ジニ】のウノの死、柩のみを墓場へと運ぶシーン、チニがチマチョゴリを柩にかける一連のシーンが思い出されました。

”垠殿下の留学から終戦直前までを中心に描いていきます”とありました通りでしたが、終戦後のお話もも少し詳しくあれば、と時間の短さを思いました。

いかがでしたか?
Posted by saki at 2006年11月25日 02:34
昨日(11月24日)、この記事を検索してご訪問いただいた方だけで400人近くいらっしゃって、このドラマに対する関心がとても高かったことをあらためて実感しました。

映画とは違ったテレビドラマの枠の中で制作されたことを考えると、なかなか良かったのではないかと思います。とくに前半がていねいにつくられていました。

ただ役者もスタッフも日本人中心なので、好演ではありましたが垠殿下の引き裂かれた心を描くのはむずかしかったように思います。

このドラマを観て、朝鮮王朝の“その後”について興味を持ちました。ちょうど【宮(クン)】を視聴中ということもあって、現在の韓国においてかつての“皇族”はどのように考えられているのだろうと思っています。
Posted by sakae at 2006年11月25日 23:01
主役の菅野美穂さん・岡田准一さんともに、当時のおふたりに沿うようにして演じていらっしゃり、それがこちらにも伝わってきました。

アメリカに滞在中の朝鮮皇室の李錫さんが、韓国スポーツ紙に対し「日本で朝鮮皇室ドラマを作るなど…」と反対のコメントを述べられたというお話もあるようで、当時の日韓の関係や状況を知る方にとっては複雑な思いも交錯するのだろうと感じます。

こうした意見もあるかもしれない中で【宮】という作品が作られたことは、時代の流れや意識の変化、身近なところから韓国の皇室を見直すきっかけになるのかもしれませんね。
Posted by vita88 at 2006年11月25日 23:40
『朝鮮王朝実録』を手に取り、最後になります「第二十七代 純宗実録」を眺めています。

>垠殿下の引き裂かれた心を描くのはむずかしかったように思います。

1907年、皇太子となられた垠殿下の日本への留学が決められ、拾われた石は皇帝住む昌徳宮の庭からでしたでしょうか。亡き垠殿下の母・厳妃の女学校の生徒がご夫婦をたずね、垠殿下の侍女・天喜を母に持つ一人の女学生が涙の訴え。その後の垠殿下の慟哭。垠殿下の真情を推しはかるのは、このあたりでしょうか...。

彼(純宗)は皇帝となった後、異母弟の英親王(垠殿下)を皇太子に冊立し、居住場所を徳寿宮から昌徳宮へ移した。以後、満三年にわたる純宗の在位期間中、日本による朝鮮半島の武力強占攻略が進み、親日派政治家と日本政府の野合で主権を喪失し、朝鮮二十七王朝五百十九年の歴史は幕を下ろした。(P366)...改めての重さを感じます。

ドラマで彼らの生きた時間を感じて、改めて手にする『朝鮮王朝実録」。【黄真伊】で2頁足らず、『李垠』は1頁足らずの記述です。その行間はもちろん、その一字一字に重さを感じ、とても不思議な感覚をおぼえました。
Posted by saki at 2006年11月26日 04:20
こちらで知り、ドラマを視聴しました。ご紹介ありがとうございます!ところで感想をまぜてのコメントですが…。

反共、反日一色の韓国近代史では、日本留学(!)に、日本人と結婚している垠皇太子の位置づけは厳しいものでした。それは恐らく…二人の新婚旅行先であったヨーロッパでパリの国際会議に出席し、朝鮮殖民地化が日本の強制によるものではないことを世界に示したことから由来しているかも知れません。独立後、韓国政府をはじめ国民は、国を守りきれなかったという批判を言わんばかり、朝鮮皇室対して暖かい眼差しを向けてはいませんでした。二人の唯一の子・李玖氏が去年死去されることで、最近メディアに頻繁に取り上げるようになったと覚えています。

一個人としてもあまりにも残酷な人生の上、皇族としての無力な自分の立場をどれだけ悲しんでいただろうか、ドラマの演技には泣いてしまいました。
ご夫婦の帰国が日本の反対で延ばされ、朝鮮独立後は韓国政府の反対も加わることで延ばされ、結局1963年にやっと実現されたときは、李垠氏は失語症に記憶喪失の身だったそうです。それまでの心境がいかなるものだったかを物語ってくれるものでしょう。
反日の韓国で李方子女史(韓国ではこの呼び方で親しまれています)のご苦労は想像を絶するものだったと思います、そんなところで障害者施設や学校を設立されるなどのご活動には頭が上がりません。

もう一つの裏話(?)。
そもそも李垠皇太子には婚約者(宗廟祭官と初代イギリス大使を歴任した閔泳敦の娘・閔甲完)がいたそうです。11歳来日する前にすでに決まっていたのですが、李万子女史との婚約が決まった10年後に一方的に解消されることで、彼女は上海に亡命し、一生を一人身で王家に対する節操を守っていたそうです。

日本の方々には聞くに苦しいものとは思いますが、日本軍国主義によって李方子女史も含めてどれだけの多くの「個人」が犠牲になったのか…。現代を生きる日韓の私たちの世代が担うべき使命を改めて考えさせられました。

みなさんがおっしゃるように、お二人の「それから」のより波乱万丈だった人生が省略されたのはとても残念だったですね…。
Posted by ジェユンママ at 2006年11月27日 13:06
sakaeさんが仰るように
>役者もスタッフも日本人中心
なので、少し甘いところはあるかもしれませんね。
「それから」の人生の省略もおしまれます。

しかし、こうして、ジェユンママさんの感想をいただけ、ブログ訪問者の方が大勢いらしたことを知り、投げかけらたものは大きかったように思います。これから、ですね。

>ドラマの演技には泣いてしまいました。
私も同じです。岡田准一さんの演技はとても良かったですね。
その岡田さんが、テレビのインタビューで李垠皇太子には婚約者(閔泳敦の娘・閔甲完)がいたことをお話されていましたが、その方のその後のお話には及びませんでした。翻弄された方がこちらにも。

李万子女史は、やはり韓国の方に親しまれているのですね。タイトル通り、なのですね。「陵は京畿道美金市の金谷陵内にあり。1989年4月30日、李方子女史もここに、ともに葬られた」本当に偉大な方です。

菅野美穂さんが、番組Officialサイトのインタビューの中で、「できれば、是非、韓国の人たちにも見ていただきたい」と仰るように、こうして韓国の方が視聴されての貴重な感想をうかがえたことを感謝いたします。
ありがとうございます♪
Posted by saki at 2006年11月27日 16:53
連続してのコメント、お許し下さい。

>独立後、...朝鮮皇室対して暖かい眼差しを向けてはいませんでした。二人の唯一の子・李玖氏が去年死去されることで、最近メディアに頻繁に取り上げるようになったと覚えています。

こういった中での【宮(クン)】なのですね。sakaeさんのお話に繋がりますが、現在の韓国において“皇族”はどのように考えられているのかを知る一つの手だてになるかもしれないとの思いも膨らんできました。

あくまで、ラブコメなのですが...^^
Posted by saki at 2006年11月27日 17:30
ジェユンママさんのお話、興味深く読ませていただきました。

教科書に載せられる歴史は主だった事だけなので、それに加えて当時の非常に緊迫した情勢や奔走された方々の気持ちを推し測ることは、こちらの想像以上のものがあったろうと思います。
その厳しい情勢の中で封印されたことも多々あるでしょう。
時間を置いての今だからこそ、語れる事実や感情ももあると思います。

昨年亡くなられた李玖氏が生きていらっしゃったら、先日のドラマをどんな思いでご覧になられたでしょうね。

李方子さんのお話は、ドラマとは別に伺っては来たのですが、閔甲完さんのお話は初めて知りました。 同性として考えさせられるものがあります。

貴重なお話、本当にありがとうございました。
Posted by vita88 at 2006年11月27日 20:00
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