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2007年01月31日

ドラマ【ファン・ジニ】早ければ年内放映! ― 【春のワルツ】以来 1年ぶりに韓国ドラマ NHKに輸出

やはりNHKで放映されるようです。

【ファン・ジニ】で韓流ふたたび

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ハ・ジウォン主演の KBS ドラマ【ファン・ジニ】が、日本に輸出され NHKで放送される。

KBS メディア サイドは、「ドラマ【ファン・ジニ】が、最近日本の NHKの版権業務を引き受けているMICO社に売れた。早ければ年内に日本の視聴者にお目見えするだろう」と 31日明らかにした。

国内ドラマが日本の公営放送 NHKに輸出されたのは、昨年の KBS ドラマ【春のワルツ】以来 1年ぶりのことだ。

NHK は3年前に衛星放送(NHK BS)で【春のワルツ】(毎週木曜日午後 11時)の版権契約を結んだ。【大長吟】(邦題:宮廷女官 チャングムの誓い/毎週金曜日午後 7時45分)のみを再放送しているだけで、 1年以上韓国ドラマを輸入しなかった。

NHKが【ファン・ジニ】に対して大きな関心を示している背景には、イ・ヨンエの【大長吟】と同様、最近は女性のサクセス・ストーリーが視聴者たちに支持されるだろうという期待がある。

日本の放送関係者たちは、「妓生という身分の限界を超えて総合芸術家として一世を風靡したファン・ジニの生き様は、日本人にとっても十分魅力のあるものだ。日本人たちがこれまで知ることのなかったこの新しいドラマは、韓国の伝統文化と一体となっているという点で、今日の韓流ブームを導いた【冬恋歌】(邦題:冬のソナタ)にも劣らない人気を生むことだろう」と評価した。

またハ・ジウォンは、去る 2004年 NHKで放映された【茶母】(邦題:チェオクの剣)などで、すでに日本にたくさんのファンをもち、日本の視聴者にとって馴染みのある俳優が主人公という点でも高視聴率が期待できる。

昨年中国、台湾、タイ、ベトナムの 4ヶ国と輸出契約を結んだ【ファン・ジニ】は、日本をはじめアジア10余ヵ国から放映権取得に関する問い合わせがきているという。

2006年 10月から 12月まで KBS 2TVで放映され、同時間帯視聴率 1位を維持した【ファン・ジニ】は、16世紀の朝鮮最高の銘妓であり時代の芸術の魂を持ったファン・ジニの、生と愛をテーマとしたドラマであり、新たに再現された韓服と伝統舞踊も話題にのぼった。

最初はやはりBSからでしょうが、関連書籍もいろいろでると思うのでそちらも楽しみです。
 
posted by sakae at 22:32 | Comment(5) | TrackBack(0) | 【ファン・ジニ】

2007年01月30日

映画【ファン・ジニ】は、韓国版『風と共に去りぬ』!?

まずはこの写真 ―

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おわかりですよね、これ“合成写真”です^^

ニュースにこんな写真が掲載されるくらい、この映画に関心が集まっているとも言えますが、2007年 6月封切りをめざして、28日にはいよいよ北朝鮮の金鋼山での撮影が開始されたようです。
ファン・ジニ(ソン・ヘギョ)が一人で金鋼山を登るシーンを撮影するために、企画段階から三度の事前踏査をおこなったくらい万全の準備でのぞんだ今回の撮影は、自然がプレゼンした最高の絶景と呼ばれる冬の金鋼山を背景に進行される。北朝鮮作家洪席中の原作とチャン・ユンヒョン監督の出会いで話題を集めたこの作品で、巨大な金鋼山の秘境をスクリーンで確認することができるということだけでも、今回の撮影は意味が大きいといえる。 《レビュー・スター》より

また、innolife さんにはこんな記事がアップされていました。

ソン・ヘギョは韓国のビビアン・リー?
映画『黄真伊』は、最近終映した人気ドラマ『黄真伊』とは区別化された作品で、映画プロモーションのために韓国版『風と共に去りぬ』の明確な主題でドラマとの差別点を伝えている。

ドラマとの“差別化”…かなり資金を投入しているようですから、当然独自の視点もかかせないのでしょうが、ドラマとの相乗効果の方をぼくは期待したいですね。

無論↑の写真のような“合成”ではこまります^^
 
posted by sakae at 23:15 | Comment(4) | TrackBack(0) | 【ファン・ジニ】

【私の頭の中の消しゴム】“再”リメーク

昨夜ラックを整理していたら↓のムックが出てきました。


買って満足してろくに読んでいませんでしたが、今日こんな記事がアップされていて、ちょっとびっくり。単なる偶然なのですが…。

深キョン&ミッチーで「私の頭の中の消しゴム」“再”リメーク
2005年に日本公開された韓国映画「私の頭の中の消しゴム」が日テレでドラマ化され、女優・深田恭子(24)と及川光博(37)が主演することが29日、分かった。「火曜ドラマゴールド」(火曜・後9時)で今春放送される。映画はもともと日テレ系連続ドラマ「Pure Soul〜君が僕を忘れても〜」(01年放送)をリメークしたもので、今回は超異例の再リメークとなる。

日本→韓国→日本というのは、すごく珍しいことですよね。設定も“微妙に”変化しているようですが、深田恭子さんと及川光博さんの組み合わせというのも楽しみです!

映画【私の頭の中の消しゴム】の“完全版”の方をまだ観ていませんでした。今度借りてこようかな。
 
posted by sakae at 15:33 | Comment(8) | TrackBack(0) | 映画/ドラマ

2007年01月29日

“信長コード” ― 【バチカンに眠る信長の夢】TBS本日よる9時から

もう少し早く書きたかったのですが、今朝のテレビ欄を見て知りました^^;
1年ほど前にTVで、安土町の人々が幻の安土城の屏風絵を探しにバチカンへ行き、ローマ法王に謁見したというニュースを見ました。安土城の屏風絵と言えば、織田信長が巡察師であるヴァリニャーノと天正少年使節団に託し、ローマへ届けさせ、その後行方が分からなくなったという狩野永徳の大作。今までその全貌が謎とされてきた安土城が実際はどうだったのか、もし見つかれば、それだけではなくもっと様々な事が解明されるでしょう。それを思うと、安土町の人々が起こした行動にとても興味をそそられました。それが全ての始まり、第1のヒントです。
《プロダクションノート》より

ちょうど今度ふれようと思っていた「天正少年使節団」がらみなので、録画セットをしてきました。詳しくは、また視聴後に^^
 

posted by sakae at 17:47 | Comment(2) | TrackBack(0) | いろいろ

2007年01月28日

“少年時代に幸福を感じた者は、生涯、幸福を持続できる” ― 小川国夫/司修

先週金曜日の日経新聞夕刊(1月26日付)に、画家の司修さんが「幸福感」と題したエッセイを書かれていました。

それはこんな風にはじまっています。
昔、小説家の小川国夫さんから、「少年時代に幸福を感じた者は、生涯、幸福を持続できる」と聞いたことがある。

その時ぼくはいくばくかの反感を持ち、「じゃあ、持てなかった者は一生幸福を得られないんですかといった。小川さんは腹を立てていると見えるぼくの目を見て微笑みながら、「そうだよ」といった。

「それじゃ、不公平じゃないですか」 ぼくは不満を持って、また酒の酔いにまかせ、小川さんに食い下がり続けたように思う。小川さんはぼくより十歳年上なので、「兄貴」のようにぼくは接していた。

司さんは1936(昭和11)年のお生まれですから、戦中に少年時代を過ごされています。「“父”という人」という表現を使われていて、その家庭生活は俗に言う“幸せな団欒”とは縁遠かったことをものがたっています。

日ごとに厳しさを増す戦時下にあって、ひもじかった日々、小学校での体罰と、遊びにすらきまってあった「お仕置き」など、つらい思い出が綴られています。それらは“少年時代の幸福”とはおよそかけ離れたものでした。

けれども、司さんはこのエッセイを次のように結んでいます。
そのようなことは小川さんに一言もいわなかったが、少年時代の幸福をいくら探してもみつからないぼくは、生涯不幸なのか、と腹立たしくもあった。小川さんの言葉をぼくは恨んだかもしれない。

けれど今は違う。利根川で泳ぎ、溺れかかってようやく辿り着いた岸辺から、脱いだ服を探しに歩くぼくの思いは、誰にも話せぬことながら「よかった」と何度も何度もこみ上げるようにやって来たし、桑畑で腹をこわすまで食べたドドメの味、農家で買った山ほどの大根の重いリヤカーを、母におだてられて自慢げに牽いた思い出など、幸せに感じたことがいやというほど隠れていた。

小川さんはそれを探せといってくれたのだ。

“少年時代の幸福感” ― そういえば、読みおえたばかりですが、市川拓司さんが『そのときは彼によろしく』で、いちばんお書きになりたかったのも、このことだったように思います。

そして、浦沢直樹さんの『20世紀少年』もまた…。
 
posted by sakae at 22:26 | Comment(2) | TrackBack(0) | いろいろ

2007年01月27日

"'第2の大長吟"をめざして! ― ハ・ジウォン、【ファン・ジニ】でアジア・プロジェクト計画

これってオフって言えませんよねぇ^^

女優ハ・ジウォンがドラマ【ファン・ジニ】でアジア圏席捲へ

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2007年上半期の作品活動を一切休止する予定のハ・ジウォンは、この期間にこれまでやってこなかったアジア圏へのプロモーション活動を開始する計画だ。

ハ・ ジウォン所属会社の関係者は、「これまで【バリでの出来事】【茶母】(邦題:チェオクの剣)などに関して、香港・台湾・中国・日本などアジア各国でハ・ジウォンによるプロモーションの要請があったが、韓国内の活動に重点を置いたため皆断ってきた。しかし今年は、ハ・ジウォンがアジア各国にプロモーションをする」と語った。

ハ・ジウォン所属会社の幹部は、最近台湾と日本を訪問し、現地の関係者たちと具体的な方法について協議をして帰国した。

ハ・ ジウォン サイドが今年アジア圏へのプロジェクトを本格化するのは、これまで各種のドラマで彼女の認知度が高まったばかりでなく、昨年放送されたドラマ【ファン・ジニ】に対する自信のあらわれだ。ハ・ジウォンサイドは、韓国の伝統美を伝えることのできる【ファン・ジニ】がアジア圏全域にブームを引き起こした【大長吟】(邦題:宮廷女官 チャングムの誓い)に匹敵する効果を生むことが出来ると考えている。

ハ・ジウォン サイドは、「まだ【ファン・ジニ】がアジア圏で放映が決まっていないのに、各国の期待はものすごく大きい。"'第2の大長吟"になることができると思う」と伝えた。

いよいよ海外に向けて本格始動です。楽しみ〜。
 
ワン・ビンナさん結婚のお祝いにやって来たジウォンさん
posted by sakae at 23:44 | Comment(4) | TrackBack(0) | 【ファン・ジニ】

2007年01月26日

朝鮮・日本・オランダ ― 『Titia ティツィア』(その2)

本をのろのろと読むのも時としていい場合があるようです^^
長崎幕府の極めて厳しい取り締まりにも関わらず、オランダ人たちのほとんどは日本の高価な工芸品を収集し、日本人検閲官の目を掠めて密輸出していた、と言われています。両者の間に談合があったことは疑いを容れません。なぜなら日本に入国、あるいは日本から出国する者は全員、入念なボディチェックを受けるわけですし、さらに言えば日本側はオランダ人が日本語を学ぶのを禁止していたため、パーターや私的な取り引きをしようにも、それに足る言葉を使える筈がありませんから、何らかの共謀なしにこうした密貿易が成り立つのは信じがたいことです。とくに、伊万里や有田の陶器は、ヨーロッパでは極めて高い需要がありましたから。
『ティツィア』(p.89〜90)

以前にも触れた『日韓共通歴史教材 朝鮮通信使』の次の箇所が思い出されました。
日本へ連れて来られた一人の陶工によって、日本で初めて磁器がつくられるようになりました。彼の名前は李参平(イ・サムビョン 1579〜1655)といいました。

文禄の役に参戦した肥前(佐賀県)の大名鍋島直茂は1596年、忠清道金江(チュンチョンドクムガン)の陶工李参平とその一族を捕虜として連れ帰りました。そして金ヶ江三兵衛という名を与え、領内での焼き物生産に従事させました。

李参平は鉱山匠の才能もあったので、領内で磁器の原料となる陶石(珪素を含んだ石)を探し歩き、1616年にやっと、有田川上流の泉山で陶石を発見しました。それまで陶器生産が行われていた有田の天狗谷に大きなのぼり窯を作り、磁器の生産を開始しました。日本国内で初めての磁器生産ですから、藩主は技術が他藩に漏れないよう、また、陶工が他藩に連れ去られないよう厳重に取り締まり、まったく外部と遮断した中で、独占的に生産を行わせました。

鍋島藩が独占的に売り出す磁器の皿や茶碗、小皿は、国内だけでなく、オランダ商人の手で、東南アジアを中心に海外でも大量に販売され、鍋島藩は大きな利益を得ました。特に、明滅亡の混乱で中国の磁器生産の中心地である景徳鎮での生産が減少したので、オランダ商人たちは有田で作られた磁器を、中国産に変わるものとして、ヨーロッパで大々的に売り出しました。この時、製品が伊万里の港から積み出されたので、「伊万里焼」という名がつきました。

その後、有田では、有田陶業の氏神をまつる陶山神社に、李参平の功績を杯えて「陶祖李参平碑」を建立しました。また、毎年5月に行われる「有田陶器市」期間中の5月4日を「陶祖祭」に定め、李参平の功績をしのんでいます。

関連箇所は、李 進煕『江戸時代の朝鮮通信使』にもあります。
磁器をつくるには、白磁鉱という特殊な原料を見つけ出さねばならず、また焼きあげる技術も陶器よりはるかにむずかしい。茶の湯のさかんだった室町時代に入っても、日本ではそれを焼くことができなかった。

そこへ磁器ができたからたいへんである。鍋島藩はさっそくそれに目をつけ、藩内に散在していた朝鮮人陶工を有田に集める。宗伝夫人(百婆仙)のひきいる数百人の陶工も黒牟田から有田稗古場に移され、平戸にいた陶工たちは有田黒牟田山や山溝山に移された。

こうして有田には十年足らずのうちに四十にのぼる磁器窯が築かれ、朝鮮風の磁器(初期伊万里焼)が大量に生産されだした。そしてまもなく、有田は日本の磁器づくりのメッカとなり、日本各地はもちろん遠くヨーロッパにまでその名が知られるようになる。

磁器によって莫大な収入があがる鍋島藩は「秘法」が他藩にもれることをおそれ、日本人の有田への出入りを厳重にとりしまる。磁器の販売を三里も離れた伊万里港に限定するのもそのためであって、スパイとわかればただちに打ち首である。しかしそれはまったく無駄な努力だった。一六六一年にひらかれる九谷焼や一八〇〇年の会津焼、一八〇七年の瀬戸焼、その後の京都の清水焼は、技術がすべて有田から盗まれてはじめられたものである。

さらに、《陶磁器 酒仙洞》さんのサイトによると ―
ところで、いかに良質の磁器を作ってもその需要が無ければ発展はあり得ません。有田は距離にして2里(8km)ほどのところに伊万里港を持っていて、そこから日本全国に出荷できる恵まれた「地の利」にあったのです。古い有田焼が「伊万里」と呼ばれるのはそのような訳があります。

そして有田が世界的な磁器の産地として急激に発展したもう1つの大きな要因は、江戸時代鎖国政策の日本が世界に向けて窓を開けていた隣の長崎の出島が近かったことです。

オランダ東インド会社(VOC)の帆船で有田の焼物が初めてヨーロッパへ輸出されたのは1659年のことで、それからおよそ100年間出島からの輸出は続き、有田は世界でも有数の磁器の産地になりました。

ここまで来ると、“マイセン”を思い出さずにはいられませんね。もう一昨年のことになりますが、《ドレスデン国立美術館展》!

ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む若い女》とともに、すばらしいマイセン磁器と有田焼が並列展示されていました。

朝鮮・日本・オランダ…そしてヨーロッパへとつながる歴史の大きな流れを感じます。
 
posted by sakae at 23:01 | Comment(2) | TrackBack(2) | 17世紀/オランダ

2007年01月25日

ユン・ウネ “次回作は、KBSかSBSのドラマを検討中!”

今日は、ウネさんのドラマ次回作をめぐって韓国では情報が錯綜しています。確定するまではもう少し時間がかかりそうですが、とりあえず次の記事をお届けします。

ユン・ウネ “次回作は、KBSかSBSのドラマを検討中!”

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ドラマ【宮(クン)】【ぶどう畑、その男】以後、次回作を愼重に選んでいるユン・ウネが、最近 MBCの週末特集企画【ケセラセラ】にキャスティングされたという一部マスコミ報道を、確定的ではないと否認した。

ユン・ウネ所属会社側は 25日、「演出者など関係者たちと一、二回会ったことは事実だが、結論をまだ出していない。さまざま状況を考慮してみた場合、出演はむずかしい。現在 KBSと SBS ドラマなどを含めて、皆検討中の段階だ」と明らかにした。

ユン・ウネは現在 3月放送予定である KBS 2TVのドラマと、 4月頃始まる SBSの作品を念頭において調整中ということで、所属会社側の日程上 MBC 作品には出演は容易ではないようだ。

一方「なるようになる」という意味のラテン語を題名にした MBC 【ケセラセラ】は、【私の名前はキム・サムスン】で空前のヒットをうんだキム・ユンチョル PDの作品で、歌手兼俳優であるエリックが男性主人公にキャスティングされた。

いずれにしろ、3・4月ごろスタートするドラマの出演可能性は高そうです。まさに、“なるようになる”!?

…でも“ケセラセラ”ってラテン語でしたっけ?
 
posted by sakae at 23:21 | Comment(2) | TrackBack(0) | 【宮(クン)】関連

【僕の彼女はサイボーグ】in Korea

韓国の【YTNStar】が《<猟奇的な彼女> 第3弾、日本で製作》と題して報じています。





【猟奇的な彼女】第3弾ともいうべき【僕の彼女はサイボーグ】が日本で制作されます。

日本のエンターテイメント会社であるアミューズの関係者は、 24日「韓国のクァク・ジェヨン監督とともに映画【僕の彼女はサイボーグ】を制作する」と明らかにしました。

作品【僕の彼女はサイボーグ】は【猟奇的な彼女】と【僕の彼女を紹介します】の後を引き継ぐシリーズ完結編で、前作とは違い“日本人女優”が主演を引き受けるようになりました。

積極的で猟奇的なヒロインは、ドラマ【世界の中心で、愛をさけぶ】の綾瀬はるかが、消極的なヒーローは、ドラマ【のだめカンタービレ】の小出恵介が引き受け、息を合わせるようになりました。

また連合ニュースでも、《【猟奇的な彼女】完結編は、日本版ターミネーター》と題して、より詳細に触れる記事がアップされています。

上記動画の最後にもちょっと映っていますが、【猟奇的な彼女】の中で“彼女”の書いたシナリオの一編が、まさに“ターミネーター”ものでしたね^^
 
YouTube版Part4(7分後半から)

2007年01月24日

「いちだんときれいになった」 ― ユン・ウネ

ウネさんの可能性の大きさが感じられます。

「いちだんときれいになった」 ― ユン・ウネ、広告現場に姿を現わした近況は?

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ドラマ【ぶどう畑、その男】以後にも、各種CFと年末の授賞式でひっぱりだこだったユン・ウネが、先月モデルで活動中の化粧品 DHC の撮影のためにソウル一スタジオに姿を現わした。

今回の撮影でユン・ウネは、以前の特有の溌剌としたイメージとは違い、成熟した女性の姿で優雅でありかつシックというコンセプトで多様なポーズを取った。

撮影スタッフたちは、シンプルでラインが引き立つドレスのためか彼女のきれいな肌がいつよりも眩しく、長いヘアスタイルは現代的ながらもストレートであることで高級さを演出したと伝えた。

また、深夜十二時が過ぎる頃まで10回以上も衣装、ヘアー、メーキャップを変えるという撮影強行軍だったが、最後まで疲れた様子もみせず、バラエティーに富んだ自信にみちたポーズと表情をみせプロとしての姿を見せてくれたという裏話もある。

DHC 関係者は、「いつもそのように一カット、一カットごとに最善をつくす姿を見せてくれるユン・ウネは、ありがたくて誇らしい。また今回いちだんときれいになった姿をみせてくれ、撮影がさらにすばらしいものとなった」と語った。

今回の撮影と連携する TV-CFは 2月から公開される予定だ。

輝いてます^^ 次回のドラマ(?)が楽しみです。
 
関連画像
posted by sakae at 23:01 | Comment(6) | TrackBack(0) | 【宮(クン)】関連

【僕の彼女はサイボーグ】と【ラブストーリー】

日刊スポーツを始めとして、さまざまなブログに掲載された情報を読むほどに、この映画はこれまでにはないタイプの作品になるのではないか知らんと、期待と妄想をたくましくしています。
クァク監督は第3弾の脚本が出来上がった後、「このままだと、新鮮味がなくなってしまう」と悩んでいたという。そんな時に日本の映画会社からの熱心な映画化オファーを受け快諾。すぐに脚本を手直しした。もっとも“大胆な彼女”と“控えめな僕”の切ないラブコメディーという基本線は変わらない。「−サイボーグ」は、時空を超えたヒロインの活躍と恋を描き、前2作よりもSFファンタジーとアクション要素が濃くなるという。
日刊スポーツ》より

共演される小出恵介さんの役名は“ソーチュル”で、韓国衣装に身を包んだ綾瀬さんの目撃情報もあるようですから、日本人演じる韓国映画という側面にもクァク監督の言う「新鮮味」が感じられます。

そして何より注目したいのが、「時空を超えた…」の箇所です。ネタばれですが、日刊スポーツ紙面によると「忌まわしい(過去の)出来事から自らを救い出す」というモチーフが背後にあるようです。

それを目にして、すぐに思い浮かんだのは【彼女シリーズ】よりむしろ【ラブストーリー】のほうでした。視聴してから数年経っていますが、母の青春時代に成就することのできなかった愛の物語と、現在の娘の恋とがいつしかシンクロして意外な結末を迎えるという作品だったと記憶しています。


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韓国の原題【クラシック】も味わいがありますが、邦題の【ラブストーリー】もその絡み合う二重性を思えばなかなかいいと思います。

無論、「SFファンタジーとアクション要素」という点は【彼女シリーズ】に色濃く見られるので、そう考えると今回の【僕の彼女はサイボーグ】は、まさにクァク監督の“集大成”、“最終章”“完結編”と呼ぶにふさわしい作品といえるのかもしれません。
 
【ラブストーリー】より

2007年01月23日

ハ・ジウォン、もっときれいになった!

“主役”の話題も^^

【ファン・ジニ】ハ・ジウォン、いっそうきれいになった近況公開!

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人気ドラマ【ファン・ジニ】でいにしえの端麗な美しさを見せてくれたタレント ハ・ジウォンが、いっそうきれいになったと評判の近況が公開された。

最近インターネットポータルサイトDaum及びオンライン上に、明るい笑顔とともに一段と柔らかくなったハ・ジウォンの画像が公開されて、注目を集めている。

白い衣服を素敵に着こなしたハ・ジウォンは、柔らかいほほ笑みをうかべゆったりとした明るい表情で、成熟した女性の美しさに輝いている。

ハ・ジウォンは去る 「2006 KBS 演技大賞」でドラマ【ファン・ジニ】の主役として栄誉の大賞を受賞し、また来る 2月封切り予定である映画【1番街の奇蹟】でボクサー役で熱演を繰り広けるなど、第2の全盛期を謳歌している。

からだを休めて、ゆっくり充電してほしいですね。
 

posted by sakae at 03:52 | Comment(3) | TrackBack(1) | 【ファン・ジニ】

ワン・ビッナとリュ・テズン、【ファン・ジニ】ポスター撮影で再び

そうです。ポスターどうなったでしょうと思っていました。

ワン・ビッナ-リュ・テズン‘ファン・ジニ’悪役カップル、ポスターでもう一度

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KBS 2TV 【ファン・ジニ】の悪役カップルワングビッナとリュテズンがそれぞれ芙蓉と碧渓水に戻ってポスター撮影をした。

【ファン・ジニ】は去年 12月 28日最終回を放送した。すでに終わったドラマの演技者が、作品と係わる撮影をしたことは非常に異例なことだ。

16日午前 11時から午後 7時までソウル新沙洞 Jスタジオで行なわれたこの作業は、今後に開かれる KBS 2TV【ファン・ジニ】の韓流マーケティングのためのものだ。

現在ポスターは 27種まで計画されている。この日全部で 7カットの追加撮影をしたことで、これまでに公開できなかったポスター 27種が早いうちに完了する予定だ。

久しぶりに韓服を着てかつらをつけたワン・ビッナは、「ドラマがまだ終わらなかったようです。ドラマ撮影の時とはまた違った感じのかつらと衣装なので大好きでした。」と意欲を見せた。また 「ドラマが終わってからも撮影などさまざまな事をたくさんしていて、結婚をしたのかよく分からないくらいです。すこし休みたいのですが、新婚旅行の時に休むことができそうです」と語った。

リュ・テズンは 「ひげはまた付けないようだったが新しい感じだ。新鮮だ」と言った。

このポスターはこれから国内外の【ファン・ジニ】展示会でお目見えする。

相当力がはいっていますね。日本では、やはりあの放送局ということになるのでしょうか^^
 
posted by sakae at 03:13 | Comment(2) | TrackBack(0) | 【ファン・ジニ】

チュ・ジフン ”フリー・ハグ” 動画

いっしょにご紹介できればよかったですね。



メイキング&インタビュー(3分27秒)


Clr!de CF(29秒)

 


posted by sakae at 02:46 | Comment(3) | TrackBack(0) | 【宮(クン)】関連

2007年01月22日

チュ・ジフン ”フリー・ハグ”!

“フリー・ハグ(Free Hugs)”という運動(?)があるんですね。

チュ・ジフン、パク・シネと特別な ‘フリー・ハグ’ CF 撮影!

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チュ・ジフンとパク・シネが‘心で感じる愛の実践’である‘フリー・ハグ’動画を撮影した。

先月 29日、大学路マロニエ公園でチュ・ジフンはパク・シネとともに‘フリー・ハグ’動画撮影をした。今回の CFは二人が専属モデルで活動中の衣類ブランド・クルライドの撮影だったが、ブランド広告ではないキャンペーン広告の性格で、‘心で感じる愛の実践’である‘フリー・ハグ ― 仲がいい主旨を広く知らせて、韓国の‘フリー・ハグ’の定着と成功のために企画された。

‘フリー・ハグ’は、オーストラリアで始まった抱きあうキャンペーンで、親しい人々とはもちろん知らない人々とも条件なしに抱きあうことで、お互いに真心の慰安と共感する運動だ。

企画した広告会社は「キャンペーンを企画しながら、二人のモデルたちとも会議をしたが、二人とも‘フリー・ハグ’運動をとてもよく理解していたし、また撮影にもこころよく応じてくれて、このキャンペーンがうまくできると判断した」と伝えた。

撮影に臨んだチュ・ジフンは、「今回の撮影を通じて、お互いの体温を分けあうことで私たちが一つになることができるフリー・ハグは、お金をかけなくても遠い所へ行かなくても、自分を抱きしめ、家族を抱きしめ、まわりの人たちを抱きしめることで、愛を実践することができるということを感じました。」と語った。

チュ・ジフンとパク・シネが撮影した‘心で感じる愛の実践’である‘フリー・ハグ’の動画は今年初からみることができる。

‘フリー・ハグ’…日本ではどうでしょうか。あ、韓国スターとならすでに多くの方がやっているのかな^^
 
チュ・ジフン
posted by sakae at 23:42 | Comment(2) | TrackBack(0) | 【宮(クン)】関連

2007年01月21日

“日本へ旅した最初の西洋婦人” ― 【Titia ティツィア】(その1)

昨年末、新聞にも掲載された記事《出島商館長の妻を映画化》が目にとまりました。
江戸時代の長崎・出島オランダ商館長の妻で、日本を訪れた初の西洋女性ともいわれるティツィアの生涯をテーマに、本国オランダで記録映画の制作が進められている。

子孫の元外交官ルネ・ベルスマさん=ベルギー在住=らが企画し、来年の春には長崎ロケも行う。秋に完成予定で、日本語版や英語版も作るという。

紹介された本を図書館に予約しておいたところ、先日手にすることができました。

ルネ ベルスマ, Ren´e P. Bersma, 松江 万里子
ティツィア―日本へ旅した最初の西洋婦人


ティツィアが出島を訪れるのは1817年のことであり、カテゴリー【17世紀/オランダ】とは時代が離れていると思っていたのですが、実は大いに関係があったのでした。

17世紀におけるオランダと日本の関係については、多くの方がご存知かと思いますが、上記の本にも簡潔にして要を得た説明が書かれていたので、少し長くなりますが引用します。
ポルトガルと同様、海洋民族であり貿易民族であるオランダは、スペインと何度も戦争の直前までいったその隣国ポルトガルとは親密な関係を通じ、ヨーロッパに於ける香辛料貿易の一端を担っていました。…

しかし1580年に状況は変化します。この年スペインがポルトガルを征服したため、オランダ人はポルトガルの港に出入りできなくなってしまったのです。1588年には状況がさらに悪化し、スペインはオランダとイギリスをそれぞれ懲罰するために、巨大な艦隊を派遣しました。この一年前、カトリックであるスコットランドのメアリ女王が処刑された事実と、イギリスでの反カトリック運動に対して、フィリップ二世は激怒していたのです。

しかしながらこの"無敵艦隊"は結果的に打ち負かされ、オランダとイギリスが海洋国として力を持ち始める端緒となりました。そしてこのことは、オランダとイギリス両国はイベリア半島で香辛料を手に入れるのが不可能となり、結果として北部ヨーロッパのこの二ヶ国での香辛料の値段が急騰することになったのです。

1598年、オランダ人は香辛料の直接貿易を求め、五隻の小さな船団を、南アメリカ大陸経由で東洋(オリエント)へ向かわせることにしました。その中の一隻、リーフデ号だけが、1600年の四月に日本へ辿り着くことが出来たのでした。

既に日本にいたスペイン人とポルトガル人は、直ちに徳川家康に接近し、リーフデ号の乗員を処刑するよう求めました。家康は処刑する代わりにこの新参者達に謁見し、家康自身が抱いていたスペイン人とポルトガル人への不信感よりも、さらに深い疑念をオランダ人達が持っていたことに驚きました。

家康はオランダ人の滞在を許可し、1609年には、オランダ人に平戸での貿易活動を認めました。ここにはイギリス人も同様に貿易の拠点を置いたのですが、こちらは1623年に閉鎖されてしまいます。

関ヶ原の戦い以後、徳川家康はカトリック教会が国内政治に干渉してくるのを避けるため、日本国内の外国人を全て排除する方針を立てました。家康は日本を、完全に自立した国家にしようとしたのです。様々なカトリックへの弾圧が始まりました。長崎での二十六聖人殉教や、1638年の島原の乱などによって、まずスペイン人が、続いてポルトガル人が追放されました。

1637年に、家光の支配下にある幕府は、長崎の豪商に命じてポルトガル人の牢獄島を作らせました。これが、扇状に広がる人工の島、出島の起源です。ポルトガル人が去った後、幕府はオランダ人をここに移動するよう決定しました。その口実は、平戸に新しく建てられた石造りの倉庫に、西洋での日付が表示されており、これが幕府の逆鱗に触れた、というものでした。所謂「鎖国」の終わる1850年代まで、オランダ人は出島に隔離されていました。

その出島へ、オランダから「一万三千マイル(約二万キロ)の航海」をへてティツィアはやってくるのです。

ちょうど半分くらいまで読みすすみましたが、オランダ人の視点から眺められる出島と当時の日本の姿はなぜかとても新鮮です。 
 
posted by sakae at 23:58 | Comment(2) | TrackBack(0) | 17世紀/オランダ

2007年01月20日

7年前のグニョンちゃん!



ムン・グニョンさんは、1987年 5月 6日生まれですから、今年20歳。
そう、長澤まさみ さんも 1987年 6月 3日生まれ。

…いえ、ただそれだけです^^
 
posted by sakae at 03:35 | Comment(2) | TrackBack(0) | 映画/ドラマ

2007年01月19日

クァク・ジェヨン監督と綾瀬はるか ― 【僕の彼女はサイボーグ】

二人の夢のようなとり合わせだけでも、必見の映画だと思うのですが、クァク監督が、綾瀬はるかさんを主演に選んだ決め手は何だったのでしょうか。

韓国検索サイトで“綾瀬はるか”をハングル表記で入力したところ、昨年末の記事がまず目につきました。

「彼女のいない世界に、もう17年も、いる」

sekachu070119.jpg

ドラマ版【世界の中心で、愛を叫ぶ】(全11回、月・火午前 10時40分、夜 8時20分)がケーブルチャンネル <J>で、 1日から放送される。国内で同名の映画が封切られたことがあるが、ドラマ放映は今度が初めてだ。【世界の…】は片山恭一の同名小説を原作にした作品で、白血病で亡くなった初恋の女性をしのぶ男の究極の純愛を描く。2004年 7月から2ヶ月の間日本の民放 TBSで人気裏に放送された。

ケーブルチャンネル<J>1月22日番組表》をみると、この日は第7話が放映されるようです。

『世界の中心で、愛をさけぶ』は、ご存知のように韓国でもリメイクされ、そちらは興行的には思わしくなかったようですが、関心は高いということは今回のドラマ版の放映を見てもうかがえます。

でも新年冒頭に、綾瀬はるかさんの代表作が放映されるというタイミングは偶然なのかしらん…と、今度は“世界の中心で…”で検索してみると…

なんとドラマ【世界の中心で、愛をさけぶ】は、昨年8月に韓国で開催された“第1回ソウル・ドラマ・アワーズ”で、ミニシリーズ部門

「優秀作品賞」と「監督演出賞」の2冠

を獲得していたのです!

“ドラマ・アワーズ” 2冠王 【世界の中心…】【海峡を渡る..】に深い関心

innolife》さんにも関連記事がありますが、それによると ―
韓国放送協会が主催し、KBS、MBC、SBS、EBS放送4社が後援するこの行事は、大韓民国はもちろん、世界的なドラマフェスティバルにしようという主旨で開催される国際的なドラマの授賞式である。

今年初回を開催したこの行事は、アメリカ・日本・デンマークなど、世界29ヵ国から105編のドラマが出品され、この内審査委員団の審査を経た55の作品が最終受賞候補作に残された。

候補作のうちドラマ短編劇、長編劇、ミニシリーズ部門の最優秀賞をはじめ、男女演技者賞などの16部門を施賞した。『秋の童話』『冬のソナタ』を演出したユン・ソクホプロデューサーが審査委員長を務めた。

参加作品がアジアに偏っていたことなど、第1回目ということもありその評価をめぐっては《手厳しい意見》もあったようですが、ドラマ【世界の中心…】が非常に注目されたことは間違いありません。

ということは、クァク監督もこのドラマを観た可能性は高いんじゃないかしらん。すくなくとも日本で主演女優を選ぶ際には、チェックしたはずです。“彼女シリーズ”は3部作なのかはわかりませんが、10億円をかける日本デビュー作品ですから、主演選びは当然最重要課題です。

それとも、もしかして“綾瀬はるか”をイメージしつつクァク監督は脚本を書いたのでしょうか。

いずれにしても、“サイボーグ”がどんな演技をみせるのかだけでも興味津々であることに加えて、日本を横断するようにロケが進んでいく状況からも目が離せません。
 

2007年01月18日

アップ・サイド・ダウン ― 朝鮮通信使のたどった道

朝鮮通信使に関する本を見ていたら、↓のような地図が掲載されていて、思わず見入ってしまいました。

mapUpSideDownWide.gif


ソウルから江戸を目指す朝鮮通信使の立場で考えてみると、確かにこのような地図のほうがイメージしやすいのかもしれません。

mapUpSideDown.gif


以前なにかで、オーストラリアでは普段ぼくらが目にするものとは上下反対の地図も使われているということを読みましたが、その時は“南半球”という視点を教えられたようで新鮮でした。

地図は、どこに視点を置くかによっていろいろなものがあり、実用を考えるならむしろ当然といえるのかもしれませんが、“さかさまの日本”はおもしろいです。

『海游録』の「解説」部分にも記されている、1719年の“往路”の「路程および日程」も、上記のような地図でたどってみるとまた違った趣があります^^

4月11日 ソウル出発
6月20日 釜山出発
6月20日 佐須浦(佐須奈)
6月23日 豊浦(豊)
6月24日 西泊浦(西泊)
6月25日 金浦(琴)
6月26日 船頭港(小船越)
6月27日 対馬府中(厳原)
7月19日 壱岐・風本浦(勝本)
8月01日 藍島(相ノ島)
8月10日 地島(地ノ島)
8月18日 赤間関(下関)
8月24日 三田尻西津(防府市三田尻港)
8月25日 竈関(上関)
8月27日 鎌刈(下蒲刈)
8月28日 韜浦(鞆浦)
9月01日 牛窓
9月02日 室津
9月03日 兵庫(神戸)
9月04日 浪華江河口
9月04日 大阪
9月10日 平方(枚方)
9月11日 京都
9月12日 大津
9月13日 守山
9月14日 佐和(彦根)
9月15日 大垣
9月16日 名護屋(名古屋)
9月17日 岡崎
9月18日 吉田(豊橋)
9月19日 浜松
9月20日 掛川
9月21日 藤枝
9月22日 駿河府中(静岡)
9月23日 三島
9月24日 箱根嶺を越えて小田原
9月25日 藤沢
9月26日 品川
9月27日 江戸(東京)〜10月15日

それにしても出発してから江戸に到着するまで、半年近くもかかったとは!
まさに一大事業だったということがよくわかります。
 

2007年01月17日

宇多田ヒカル【Flavor of Life -Ballad Version-】PV

ドラマ【花より男子2】はみていないので、今朝FMではじめて聴きました。耳にした瞬間、ビビっときました^^

CD発売は未定のようですが、《着うた人気ランキング(1月8日〜1月14日)》ではすでに第1位!



彼女の声と歌唱力が、存分に活かされていますね。
 
posted by sakae at 19:47 | Comment(3) | TrackBack(0) | 音楽

2007年01月16日

“感動のスター・ソニン物語” ― 韓国 Daum でいちばん視聴されている動画

以前に紹介したソニンさんのドキュメンタリー番組が、韓国のポータルサイトDaumで評判のようです。《ネチズンチャンネル・スター》では、現在1位。

前回は Part 1だけでしたが、今回は Part 8 までご紹介します。
 
“感動のスター・ソニン物語”
posted by sakae at 18:15 | Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽

ソン・イェジン最新インタビュー<上>

イェジンさんの最新インタビュー記事がアップされていました。

例によって機械翻訳からの妄想訳ですが、それでも長いので分けてお届けします。タイトルをクリックすれば元記事に飛びますので、お急ぎの方はそちらをどうぞ^^;

iejin070115.jpg


ソン・イェジン ― “親しくしている男優さんはほとんどいません”
ソン・イェジンは 1月11日に、25歳になった。だからこのインタビューは「ソン・イェジンの 25年、芸能人として暮してきた 6年」といったタイトルがふさわしいのかもしれない。最近アニメ映画【千年狐、日照り雨】で、声優として久しぶりにファンに会ったソン・イェジンは、「オフの間にいったところはあまりありません。方向音痴なので一人で運転するのがむずかしいんです」と話した。

― 先輩たちを見ならいたいですか。
当然です。年齢を重ねても、キム・ヒエ先輩のように堂々として素敵に演技される姿を見れば、私もあのようになっていかなければならない、という気になります。

― 実はあなたがまだ新人だったとき、多くの人たちが「演技を長く続けないようだ」と思っていた。
本当ですか!?そんな話は初耳です。誤解ですよ。私は演技に対する欲求がとても強いんです。

― 有名な映画祭で賞を獲得するということですか?
もちろん賞を受けることできればよいですが、自分自身が納得のいく演技をすることが目標です。それが結果として賞につながるということでしょう。

― それでは演技者として認められることと、女性として人生(結婚)とどちらを優先しますか。
ふたつのことは関係があるのでしょうか?あるとも言えるかもしれませんが、私は別だと思います。強いて言うなら、これから何年かは、仕事優先です。縁を捜すことにせいてはいません。

― 仕事面を見ると現在までのキャリアはすごくうまくいっていますね。
作品のめぐり合わせがよかったです。今まで演じた作品はみんな見た瞬間、「あ、これは私のこと」と感じました。

― それでは悩んだ末に決めた作品はありませんでしたか?
あります。【ナンパの定石】です。シナリオは本当に面白かったのですが、「私にこの役が本当にできるだろうか」と思いました。実際に演技をしながらも「'ここで失敗すれば、私はもうロマンチックコメディーはできないのではないか」と悩み続けました。

― 実はそうしてみると、作品選択の幅が狭い。一番多く変身したのが【ナンパの定石】くらいではないですか。
(あわてる) いいえ、多様だと思います。

― ホラーもした事がない。
恐くてできないのです。世の中で恐ろしいのが一番嫌いです。

― 史劇も【大望】 位です。
映画【酔画仙】の時かつらを使いましたが、頭がとても痛かったんです。できるなら史劇は避けなくちゃいけないと思いました。

― ほら御覧なさい。.
そういえばそうですね。認めます((笑い)。ですけれど、これから私も強くてワイルドな役をやってみたいです。

― 例えば?
スーザン・サランドンが出演した【テルマ&ルイーズ】。あるいはドイツ映画【ベンデ−ト】に出るヨーチェスの役、それともちろん【モンスター】でシャーリーズ・セロンが演じたような役もやってみたいです。

― 強い女性の姿が似合うでしょうか。
どうでしょう?最近からだを鍛えています。6、7ヶ月になります。必ずしも筋肉を鍛えるつもりではないのですが、柔軟で強靭なからだをつくるのが目標です。

― ベ・ヨンジュンの影響ですか?
必ずしもそうではありませんが、実際、影響を受けたところはあります。【外出】の撮影時に本当に体に良い食べ物だけ召し上がっていましたね。たまに一緒に食事をしながら感じたところが多かったです。私も最近は、食べ物を持参します。からだの管理をするようになって、これまでには感じなかった喜びを感じることができます。

イェジンさん、着実にその演技の幅を広げているのですね。今年も期待しています。
 
posted by sakae at 03:08 | Comment(2) | TrackBack(0) | 映画/ドラマ

2007年01月15日

【宮S】第1話(英語字幕つき)

ぼくは視聴するかまだ決めかねているのですが、YouTubeには早くも英語字幕付きも登場しました!

興味のある方もいらっしゃると思うのでとりあえず1話分だけ^^

YouTube版
posted by sakae at 23:07 | Comment(2) | TrackBack(0) | 【宮S】

はじめての“東洋文庫” ― 申 維翰『海游録―朝鮮通信使の日本紀行』

その評価の高いことは耳にしていたものの、実際に手にしたのは今回がはじめてです ― 平凡社の東洋文庫


“文庫”でありながら、2,730円というのは高いという印象を持たれると思いますが、最近の書籍ではなかなかお目にかかれないしっかりとした造り、上記の書影は“箱”のほうなので、わかりにくいのですが、なんと

箱入り布クロス金箔押し角背!

本をもつ歓びを感じさせてくれること間違いなしです^^

さて、巻末の訳者の姜 在彦(カン・ジェオン)さんの「解説」より ―
1719年(享保4年)にも、徳川吉宗の将軍職襲位を賀して、朝鮮政府から洪致中を正使、黄濬を副使、李明彦を従事官(以上を三使臣という)とする通信使一行475名が訪日している。『海游録』は、この年に、製述官として通信使一行に随行した申維翰の日本紀行文である。

李朝時代における朝鮮政府にとって、正式に国交を開き、使節が往来した国として、中国(明、清)と日本がある。両国に往来した使節たちは、それぞれの国について数多くの紀行文を残しているが、日本紀行文の主要なものは『海行総載』四冊に収録されている。そのなかでも『海游録』は、「『海行総載』に収録されている数多くの日本紀行文を圧倒し、中国紀行文の白眉といわれる朴燕厳の『熱河日記』とともに、

紀行文学の双璧

といってよく、文章の微妙なること、観察の細微なることにおいて、まさに『熱河日記』と拮抗するだろう」という指摘は、まことに当をえたものといってよい。
(一部漢字を変えました)

どこまで読み進められるかわかりませんが、この『海游録』からはじめたいと思っています。
 

葛飾北斎と朝鮮通信使

「日韓共通歴史教材」という副題の通り、歴史教育の場で使用することを目的に日本と韓国の教師が苦心の末に作った教材なので、格好の入門書ともなっています。



たくさんの図版が収められていて眺めるだけでも楽しいのですが、そのなかに葛飾北斎の2枚の絵がとり上げられています。

hokusaiHara.jpghokusaiYui.jpg


北斎の描いたこの通信使が何回目のものなのかちょっと気になって調べてみました。

北斎が生まれたのは 1760(宝暦10)年のことであり、90年におよぶ生涯を 1849(嘉永2)年に閉じています。

その間の通信使といえば、1764(明和元)年の徳川家治の襲位を祝して派遣された第11回使節団と、1811(文化8)年の徳川家斉の時の第12回使節団ということになりますが、年齢からいって第12回のものと考えたくなります。

しかし、この最後の12回目の使節団は“対馬”どまり、すなわち江戸まで来ていないのです!その間の事情を、上記の本では次のように説明しています。
1787年、11代将軍徳川家斉が就任したので、対馬藩は朝鮮通信使招聘(大切なお客として招くこと)について幕府に伺いを出しました。幕府の支配力を強めるためにさまざまな改革を実施(寛政の改革)していた老中松平定信は、財政が苦しいことと、飢饉(天明の大飢饉、1783年〜87年)や打ちこわしなど国内の混乱するようすを通信使一行に見せたくなかったので、朝鮮通信使の招聘を無期延期としました。

その後、将軍就任から24年もたって、家斉の就任を祝う通信使の招聘が決まりました(第12回朝鮮通信使=1811年)。しかしこの時の通信使の応接は前述の理由で、江戸ではなく、対馬でおこなわれました(易地聘礼・えきちへいれい)。

つまり、この時の通信使一行は、北斎の描いた“原”にも“由井”に行ってないことになります。

これはちょっとした発見かも…と思ったのもつかの間、そのことを指摘している記事がありました^^
北斎は、通信使を実際には見ていない。一八一一年の最後の通信使から二十年後、唐風で着飾った琉球使節が江戸入りした。これに刺激され、北斎は通信使を描いた。このことからも当時、通信使が日本社会に及ぼした影響の大きさがうかがえる。

琉球使節ではなく、朝鮮通信使を描いたというのもおもしろいですが、北斎の眼には実際に目にしていないだけに、かえってその姿が鮮やかに映っていたのかもしれません。
 

2007年01月14日

新カテゴリー《朝鮮通信使》をつくりました

2006年12月03日の朝日に掲載された柄谷行人さんの書評を読んでから、「朝鮮通信使」に関心を持ち始めました。

愚かしい反復を免れるために


東アジアには、中国を中心にする冊封体制という「華夷秩序」が存在した。その中で、日本と朝鮮は、中国との関係において同格の位置にあった。それを覆したのが、豊臣秀吉の朝鮮侵略である。むろん、それは失敗しただけでなく、国内でも没落する結果に終わった。しかし、豊臣側から権力を奪った徳川家康は以後、甚大な被害を与えた朝鮮との関係を修復せねばならなかった。それは、中国との貿易を再開するために、つまり日本が東アジアの政治・経済システムに復帰するために、不可欠だったのである。

徳川側の「反省」はあいまいなものであったが、李朝側はそれを受け入れた。東アジアの秩序の再建と平和を優先したのだ。その結果、朝鮮側から「通信使」を送るという慣例が成立した。これはたんに外交儀礼の問題ではなかった。十二度にわたり、毎回五百人に及ぶ、朝鮮の一流の学者、医者、芸術家などが来日したからである。日本側も同じレベルの人たちが関与した。したがって、江戸日本の儒学、医学、文学、美術その他を考えるには、朝鮮通信使の研究が不可欠である。本書はそれを多様な観点から示している。

残念ながらその段階では、上記の本は図書館になかったのでまだ読んでいないのですが、「朝鮮通信使」に関する本は何冊か出ていたのでさっそく借りてみました。

例によって拾い読みですが、知れば知るほどに関心は深まるいっぽうです。まずは、講談社学術文庫にも入っている李 進煕『江戸時代の朝鮮通信使』「まえがき」から ―
江戸時代とその文化について見直す気運が高まっているが、「鎖国の世」だという印象はまだ拭い去られていないようである。だが、徳川幕府が「鎖国」の対象としたのはキリスト教のヨーロッパ諸国と清国であって、朝鮮国とは正式な国交を結んでいたのである。

釜山(プサン)の草梁(チョリャン)倭館には五、六百人の日本人が常駐し、年間を通じて五十隻を越える日本の貿易船が出入りしていた。外交実務を担当したのは釜山の東莱(トンネ)府使と対馬(つしま)藩主で、常時連絡をとりあい、両国で起きた大きな事件や災害、将軍家や李王家の吉凶、諸外国の動静についての情報をそのつど交換した。

両国の善隣関係を象徴するのが徳川幕府の代がわりに来日する朝鮮通信使であった。それは「信(よしみ)を通わす」使節の意味で十二回にのぼり、正使・副使・従事官の三使と第一級の学者・医者・画家が加わる総勢五百人の大使節団である。

六隻の船に分譲した一行は各港に立ち寄りながら大坂(現在の大阪)に入り、その先は幕府の用意した川御座船で淀川をさかのぼる。淀に上陸してからは、京都・名古屋をへて江戸へ向かう。護行する対馬藩士が八百人、一行は輿(こし)や駕籠(かご)・馬を連ね、三千人の大行列となる。

不勉強のせいか、これらのことを学校で習った記憶がありませんが、12回も!しかも1回あたり500人もの規模で!

詳細について、少しずつ探っていきたいと思っています。
 

PV【君がくれたもの】HOME MADE 家族

蒼井優さんの起用、バッチリです!



ヒット間違いなし^^
 
posted by sakae at 01:49 | Comment(4) | TrackBack(0) | 音楽

2007年01月13日

イム・スジョン【幸福】ポスター撮影動画

2006年12月12日》にとり上げたホ・ジノ監督作品【幸福】のポスター撮影に関する動画がアップされていました。

ファン・ジョンミン&イム・スジョンの映画【幸福】


ファン・ジョンミン、イム・スジョンさんが共演し話題になっている映画があります。【幸福】という作品です。二人が出会ってどのような幸せを伝えてくれるのでしょうか。

[撮影場面]

メロー映画の鬼才ホ・ジノ監督がメガホンを取って、ファン・ジョンミン、イム・スジョンが主演を引き受けて話題になっている、映画【幸福】のポスター撮影現場を公開します。幸せあふれる二人!一緒に会ってみます。

こちらがまさに今日ファン・ジョンミンさんとイム・スジョンのポスター撮影を控えている野外撮影場です。幸せな雰囲気と素敵な背景を演出するために、スタッフの皆さんが忙しく動きまわっています。

この時現われたのは今日の主人公ファン・ジョンミンさん!嬉しそうにスタッフにあいさつをか掛ける女性主人公であるイム・スジョンさんまで姿を現わしますよ。はたしてこの個性の強い忠武路の俳優たちが出会いどんな映画が誕生するのか、つとに期待を集めています。

いよいよ今回のポスターの初めての撮影が始まりました。有名な演技派俳優同士、ためらうことなく満面に幸せな表情をうかべるファン・ジョンミンさんとイム・スジョンさんです。

しかしこの時、突然横の木が倒れてしまいました。幸いふたりに怪我はありませんでしたが、本当に大変な事になるところでした。

今度はスタッフがしっかり木を押さえて、ふたたび撮影がスタートされました。何事もなかったかのように、あどけない表情にもどるふたりの俳優!やはり俳優は誰でもできるものではありません。

長い野外撮影を終えて、今度は室内での撮影に入りました。野外の時よりいっそう濃密なシーンです。おふたり!くっつきすぎじゃありません?

映画【幸福】は、人生と恋愛を楽しみながら暮して来たヨンスが、療養院でウニと出会うことによって生まれる現実的な愛の話です。二人の俳優のさらなる演技変身に多くの期待が寄せられています。(後略)

ホ・ジノ監督のもと、ファン・ジョンミンさんと共演することによって女優イム・スジョンの魅力がまた一つ花開く感じですね。
 
posted by sakae at 03:57 | Comment(2) | TrackBack(0) | 映画/ドラマ

2007年01月12日

“韓国映画が大好き” ― 蒼井優 in Korea + 動画

映画【ハチミツとクローバー】の宣伝で韓国を訪れている蒼井優さんに関する記事+動画(Youtube版)をお届けします。

日本の女優・蒼井優「韓国映画が大好き」


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日本の妖精、蒼井優が韓国映画に対する愛情を打ち明けた。

【花とアリス】、【リリーシュシュのすべて】、【虹の女神】などで韓国に多くのファンをもっている女優蒼井優が、映画【ハチミツとクローバー】の広報のために、去る7日映画の演出を引き受けた高田雅博監督とともに韓国を訪問、ファンとの出会いの時間を持った。

1月 11日封切り予定である映画【ハチミツとクローバー】の韓国封切りに先立って設けられた有料試写の場で、ファンとの出会いを持った蒼井優は、「【ハチミツとクローバー】は私はもちろん、この映画を作った制作陣みんなにとって大事な意味を残してくれた作品です。韓国の観客のみなさんにとっても大切な作品になっくれたならと思います」と述べた。

蒼井優は、今回の訪韓で韓国映画に対する愛を明らかにもした。特に好きな韓国映画があるかという質問に「一作品にしぼれない位、印象的な映画が多いです」と語った。

「特に一作品を上げるというのは難しいですが、【オールドボーイ】、【8月のクリスマス】、【子猫をお願い】といった映画が良かったです。私の抱いている韓国映画に対するイメージは三種類に分かれていて、コメディー映画と暴力描写の強い映画、そしてメローな映画です。その中でも【殺人の追憶】や【オールドボーイ】のような暴力性が強い映画も好きですし、【8月のクリスマス】のような穏かな映画もいいです。私はどちらにころんでも韓国映画が好きなようです。(笑)」

またデビュー当時お父さんの反対が強くて、「女優の生活を長くはしないから」と説得して演技を始めたというエピソードをあかした。今回の映画で絵画に天才的な素質を持つ少女'ハグミ'役を演じた蒼井優の新しい映画【ハチミツとクローバー】は来る11日封切られる。

韓国での注目度も高いようです。
 
YouTube版
タグ:蒼井優
posted by sakae at 03:59 | Comment(6) | TrackBack(0) | 映画/ドラマ

2007年01月11日

“最高待遇日本行き” ― クァク・ジェヨン監督作品【サイボーグの彼女】

韓国の中央日報《1月9日付記事》に、クァク監督に関する記事が掲載されていました。

国内監督たちの海外進出が本格化している。海外の映画界で認められたスター監督たちにラブコールがおくられる中、実際に外国行きを決めた監督たちも出ている。海外で韓国の監督たちが外国人俳優やスタッフとともに外国語のせりふからなる映画を演出して、韓国映画の境界を拡大する試みだ。韓国映画ブランドの世界化、あるいは国内市場だけでは限界に達した忠武路の新しい模索という点で注目されている。

kaku070111.JPG

【猟奇的な彼女】のクァク・ジェヨン監督は、日本行飛行機に乗る。制作コスト10億円の大作【サイボーグの彼女】のためだ。監督の持ち味をいかしたファンタジーロマンス物だ。未来から来たガールフレンド(サイボーグ)が主人公の男性の運命を変えるという内容。

今月末に撮影に入り、今年の末封切りする予定だ。日本の中堅映画社トライストーンが制作して、全員日本人の俳優とスタッフとともに日本語で撮る。

3年間ゆうばり映画祭で審査委員として参加したクァク監督は、【猟奇的な彼女】【僕の彼女を紹介します】などの興行で日本における株価が上がった。「その間、日本のマンガのリメークなど多様な演出提案を受けたが、自作のシナリオで演出することを決めた」と言う彼は、「よりプロフェッショナルな制作システムを経験する機会であると同時に、韓流危機がささやかれる中、韓国監督の演出力を見せたい」と抱負を述べた。

ハリウッドも一方的にシナリオを指定してくる代わりに、監督の自作シナリオに関心を見せ、演出権を保障するなど条件も改善している。クァク・ジェヨン監督はやはり「演出料の面で日本が最も良い監督待遇を提示した」と明らかにした。

ハリウッド一辺倒から脱して、フランスや日本など対象国とジャンルが多様になることも意味あるところだ。

映画界のある関係者は、「ひとときハリウッドに進出したアジア監督たちが、日本は“ホラー”、中国・香港は“武侠”などでジャンルに閉じこめられて消耗した場合が多かった」「わが国の監督らがまず国内の舞台で充実し、次に自分の色をいかすことができる海外で領域を広げて行くことは励みになる」と語った。

クァク監督に日本で映画を撮ってもらいたいという熱い思いが、今回の【サイボーグの彼女】制作につながったのでしょう。

聞くところによると、【神戸→東京→福島県いわき市→岐阜県郡上八幡】とロケが予定されているそうで、いまから期待に胸膨らみます。
 

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