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2006年07月31日

鵲橋(ジャッキョウ)伝説 ― 七夕メモ

今年は今日7月31日が、旧暦の7月7日すなわち“七夕”にあたるのだそうです。

以前にもとりあげた『ハングルへの旅』のなかで、茨木さんは彦星(牽牛・キョヌ!)と織姫の「あいびきのスタイル」には、二つの伝承があったのではないかとして、

かそけき櫂の音を立てながら、天の川を漕ぎ渡る彦星のイメージ。

かささぎ達がいっせいに連なり、ハタハタ羽音をたてながら必死に作っている橋の上を、踏むがごとく踏まざるがごとく、かろやかに羅(ら)の領巾(ひれ)などをなびかせて渡ってゆく織女の姿。

と書かれています。

鵲(かささぎ)は韓国では吉鳥として愛されているそうですが、以前九州の佐賀県に行ったことがありますが、田んぼの上を飛んでいるのをよく見かけました。佐賀では“カチガラス”と呼ばれていましたが、その羽の黒と白の取り合わせは烏とは別種の鳥のような気がしていたので、あれが鵲だと知って合点がゆきました。

茨木さんは、鵲橋伝説は「平安時代までは常識だった」と書かれているので、ヴァージニア大学の《Japanese Text Initiative》を使って、「鵲」を入力してみると、『枕草子』もヒットしました。

[64]橋は

あさむつの橋。長柄の橋。あまびこの橋。濱名の橋。ひとつ橋。佐野の船橋。う たじめの橋。轟の橋。小川の橋。かけはし。勢多の橋。木曾路の橋。堀江の橋。鵲の 橋。ゆきあひの橋。小野の浮橋。山菅の橋。一筋わたしたる棚橋、心せばければ名を 聞きたるをかし。假寐の橋。

今宵、ふたりの逢瀬はどうだったのでしょうか。
 
posted by sakae at 23:55 | Comment(2) | TrackBack(0) | いろいろ

映画【ハチクロ】・あのロケ地がついに判明!

あの河川敷はどこ? 》や《崔華国「荒川」》で、勝手に予想していましたが、あのロケ地は…

やっぱり!荒川でした^^v

ソースは、《ロケーションジャパン・全国のロケ地へGo!

雑誌もでているんですね。…というか、そちらがメインですね^^;


夏は暑いですけど、涼しくなったらぶらりといかがでしょう?
 
posted by sakae at 15:27 | Comment(3) | TrackBack(0) |

2006年07月29日

あなたを海に沈めたい ― 加藤登紀子

もうちょっと人生が複雑なの》以来、すっかり魅せられた加藤登紀子さんの歌声を聴きたくて、図書館に予約していた【加藤登紀子 ヒット全曲集】がやっと届きました。

こんな風に書くと失笑を買いそうですが、期待をはるかに超える素晴らしい歌の数々!

1. 川は流れる
2. 早春賦
3. 美しき20歳
4. さくらんぼの実る頃(フランス語ヴァージョン)
5. 時には昔の話を
6. バラ色のハンカチ
7. 18の頃
8. ラヴ・ラヴ・ラヴ
9. 愛さずにはいられない
10. 百万本のバラ
11. 陽ざしの中で
12. 難破船
13. この空を飛べたら
14. 時代おくれの酒場
15. 愛のくらし
16. 知床旅情
17. ひとり寝の子守唄

加藤さんの歌われる、日本語(あるいはフランス語)の美しさ、そのメロディーが強く胸を打ちます。内に秘めた情念の強さもさることながら、どこか諦観を感じさせる哀愁が、心に沁みいります。

部屋の灯りをいつしか消して、傾ける耳に届く極上の歌声。

そして、言葉 ―

夢のにがさを知りもせず
夢をさがしているんだろう

【時代おくれの酒場】


“ベスト版”が毎年のように出ていることからも、その根強い人気がうかがえます。今、どのアルバムを購入しようか検討中です^^



加藤登紀子, なかにし礼, 中島安敏, 水木かおる, 小林亜星, 早川博二, 荒木一郎, 森岡賢一郎
ゴールデン☆ベスト 加藤登紀子 シングルス


ちょっとくたびれた週末、月明かりの下で…。
 
posted by sakae at 23:33 | Comment(3) | TrackBack(0) | 音楽

2006年07月28日

記憶 ― 環境という外部装置

ハイパーニューラルリアリズム》を提唱されている、下條信輔さんの本を借りました。


ちょっと前の本(1999年)であるどころか、ぼくにとっては真新しいことばかりで、とても興味深い記述にあふれています。

まだ読みかけなのですが、例によってちょっぴりご紹介^^

『記憶は嘘をつく』の著者J・コートルがそこで記述した「白い手袋」を取り上げて ―

コートルの脳裡には「祖母の屋根裏部屋の隅で、何本かのクラリネットに覆いかぶさるようにして置かれていた手袋」が、いまでもありありと思い浮かぶといいます。祖父の使っていた手袋です。ところが、実際には彼はその手袋を見たことがありません。それどころか、コートルは、祖父に実際に会ったことすらなかったのです。

ではどうして手袋のことが記憶に残ったのでしょうか。それは、ずっと以前に父親が人生について語ったのをテープに録音したことがあり、それを十年ほど前にあらためて聞いてみたところ、祖父の手袋について語っている部分が、妙に印象深く残ったからだといいます。その白い手袋とは、軍楽隊のクラリネット奏者だった祖父が、家族を養うために音楽家への道を断念してレンガ作りの職人になったときに、軍楽隊の制服と一緒に捨て置かれたものだということです。

この「白い手袋の記憶」は、単にコートルの“頭の中”にあっただけとは言えないと、下條さんは続けます。それは、もとは父の記憶にあり、記録されたテープの中にあったともいえる。またコートルがこの手袋のことを、祖母に会ったときやクラリネットを見るたびに思い出すなら、祖母やクラリネットもまた「記憶装置の一部」と言いうる。

このように、手袋の記憶は頭の中の一部に「痕跡」として孤立して存在しているものではなく、周囲の環境、本人の経歴、その他あらゆるものにもたれかかるかたちで、成り立っているのです。

それどころか、むしろこの「もたれかかる」ありようそのものが、記憶の唯一可能なあり方なのです。何かのコンテンツ(内容)があって、それが環境や経歴にもたれかかるのではなく、もたれかかり【そのもの】が、記憶のコンテンツなのです。

“記憶”をめぐっては、これまで何回か触れてきましたが、この説明は的を射ているように思います。さらに、重要なのはこうした“環境”だけではなく、私たちの“からだ”もまた「記憶の容器」だと論は進みます。

記憶を成り立たせるためには、さまざまなものが必要であり、実はそうしたさまざまなものこそが記憶の本体なのであって、

記憶は、
そこらじゅうにあまねく
散らばって存在している


と下條さんは結論づけています。(第2章 脳の「来歴」 より)

新書のちょうど真ん中あたりまで読み進んできましたが…

第3章 心とからだと他者 ― 連動する脳と世界
第4章 意識と無意識のありか ― 心の全体像
第5章 人間観と倫理

と、続きます。

ちょっとむずかしいところもありますが、知覚心理学および認知神経科学からの視点が、とても斬新で刺激的です。
 
隠れた(?)新書がここにもありました。
 
posted by sakae at 23:48 | Comment(3) | TrackBack(0) |

2006年07月27日

“ごめん”と“ごめんね” ― 韓国ドラマOST

ドラマと音楽が深いつながりがあるのは、今に始まったことではありませんが、強く情感に訴える韓国ドラマ・映画は、OSTがあるとさらに楽しむことができます。

【ごめん、愛してる】のOSTといえば、こちら↓

TVサントラ, パク・ヒョシン, ジョン・ジェウク, J, バダ
ごめん、愛してる オリジナル・サウンドトラック(DVD付)


2枚組みでDVD付きですからね。でも、今回ぼくは↓を購入しました。(Amazonでは在庫切れですが、他のネットショップでは1,900円程度(税抜き)で扱っています)



日本版の2枚目に相当しますが、これが実にいいです!

1. Main Title
2. ウンチェとムヒョク 最初のキス
3. 雪の華 (Acoustic Ver.) - ソ・ヨンウン
4. メルボルン通りで
5. 最後の選択
6. ユン、大丈夫? - ウンチェ Nar.
7. 大事な人 - ユン
8. 息子と母
9. 異邦人
10. ムヒョクの祈り
11. 私はあなたに約束します - ムヒョク Nar.
12. 雪の華 (Acoustic Ver.) - Instrumental
13. 運命
14. 真実
15. ウンチェの部屋
16. ウンチェの告白 - ウンチェ Nar.
17. 胸のときめき
18. 母の写真
19. Talk To Me - Machan
20. 選り分けられた歳月

お分かりのように、ウンチェとムヒョクのナレーションも入っているのです!
他の音楽もそうなのですが、ドラマのシーンがありありとよみがえります。

ここでちょっと気になることを一つ。上記の韓国版では、「2. ウンチェとムヒョク 最初のキス」となっているのに対して、Amazonの国内版表記では、「2. ウンチュ&ムヒョク 最後のキス」。

視聴当初、ここまで気に入るとは思っていなかったので録画したもの消去してしまっていて確認できませんが、DVDのレンタルが開始になったら確かめてみたいと思っています^^

…と、思ったら、どうやらAmazon さんの表記ミスみたいですね。
テレビ東京ショッピング》には「最初」ってありました〜^^
 
国内版<DISC 2>
posted by sakae at 23:24 | Comment(3) | TrackBack(0) | 音楽

2006年07月26日

【太陽の塔】 ― 小松左京「私の履歴書」

日経朝刊に連載されている「私の履歴書」 ― 現在はSF作家の小松左京さんが執筆されています。

今思えば、映画《日本沈没》公開に合わせたのかもしれませんが、先週後半あたりからおもしろくなってきました。

7月24日(月)に掲載された第23回は、【太陽の塔】をめぐるおはなしでした。浦沢直樹『20世紀少年』の影響もあって^^、とても興味深く読みました。

小松さんは、あこがれの梅棹忠夫さん(『文明の生態史観序説』)と出会ったのが縁で、「万博をかんがえる会」結成に加わります(1964)。万博を「国際見本市ではなく、文明の祭典にしよう」と盛り上がり…

私は子供たちに夢を与えたいと思った。科学を基礎にした文明の現状や将来、人類の歴史をビジュアルに展示したかった。誰に頼まれたわけでもないのに、話はどんどん膨らむ。話題は万博を超えて、しばしば未来論になった。
(「私の履歴書」第22回・7月23日)

小松さんは万博のテーマ・サブテーマの作成や展示、基本理念策定にかかわり、万博の“サブ・テーマ委員”兼テーマ館の“サブ・プロデューサー”になります。チーフ・プロデューサーはあの岡本太郎でした。

ちょっと長くなりますが、引用させていただきます。

万博の象徴、テーマ館は高さ30メートルの大屋根で建物を覆う丹下健三さんの設計案があったが、岡本さんは「ベラボウな物にする」と宣言した。

それが地上70メートルの太陽の塔で、丹下案を変更するかどうかで議論百出。最後は芥川賞を受賞した石原慎太郎の『太陽の季節』の有名なシーンのように、万博のシンボルが障子のような大屋根を突き破ることになった。

太陽の塔、つまりテーマ館の中の展示を岡本さんと考えた。 DNAの一兆倍ぐらいの模型をつくり、生物の進化の過程を見せることにした。映画の特撮も駆使した。ゴジラや恐竜なども現れ、最後に人間が登場する。高さ45メートル。「生命の樹」と名付けた。

地下スペースに世界中から神像や仮面などを集めて展示した。収集のために石毛直道、谷泰、松原正毅君ら気鋭の民族学者や人類学者20人近くが世界各地に飛んだ。それらが昭和52年(1977年)にオープンする国立民族学博物館の基礎になる。

メラネシアの島から持ってきた祖先像が、目玉の強調された、あの太陽の塔の顔にそっくり。

「似てますねえ」と言うと、さすがは岡本さん、「その昔の太平洋の民族は岡本太郎の真似をしてたんだな!」と叫んだ。

岡本さんは豪放で率直、酒豪だった。パリ留学中に民族学・社会学の泰斗、マルセル・モースについて民族学を本格的に学んでいた。

岡本太郎【太陽の塔】は“太平洋の古代民族”をもベースとしていたのですね。

タイムスリップ グリコ 太陽の塔|大阪万博編》の柏木博さんによると ―

“縄文的なものを好んだ岡本らしいデザイン”

あの顔は縄文人の顔ともつながっているのかな?

小松さんは、万博について次のように結んでいます。

科学技術と未来、地球と宇宙、人類の平和と進歩。39歳の私でさえわくわくしたのだから、少年少女にどんなに大きな夢と希望を与えたのかと考えると、万博にかかわって本当に良かったと思う。

“浦沢少年”だけでなく、万博をきっかけとして自分の未来を描いた子どももたくさんいたことでしょう。

ただ…やたら待たされたという「人類の辛抱と長蛇(進歩と調和)」の方が印象強かった子ども(>自分)もいたのでした^^;
 
posted by sakae at 22:50 | Comment(10) | TrackBack(0) | いろいろ

2006年07月25日

【アイヌ風俗絵巻】 ― ライデン国立民族学博物館

先日放送された、ETV特集「ある人間(アイヌ)からの問いかけ」(NHK教育テレビ)は、テレビならではの好企画でした。萱野茂さんの若かりし頃から晩年にいたるまでの個人史を、これまでに記録されたフィルムやテープでおっていくことで、アイヌ民族、そして日本人についても考えさせるものとなっていました。

そんな中、同番組内で、19世紀初頭のアイヌの人々の生活の実態が分るものとして【アイヌ風俗絵巻】がとりあげられていました。おっ!と思ったのが、その所蔵先が日本ではなく、オランダのライデン博物館所蔵であることでした。

なぜオランダなの?

ライデン博物館》をネットで検索し、所蔵品を見てみたところ、オランダ語表記のため間違っているかもしれませんが、アイヌ文化に関するものが166点も所蔵されていました。《こちら

ainu.jpg

この画像には次のような説明が添えられています。

Inventarisnummer : 1-1050
Objectnaam : makimono
Afmetingen : H 29.0 cm ; B 1610.0 cm
Datering : 1800-1829

19世紀初頭で時期的には一致し、しかも“巻物”とありますから、これが【アイヌ風俗絵巻】であるように思いますが、いかがでしょう?

19世紀初頭ということで、すぐに連想されるのはシーボルト(1796〜1866年)ですが…。

シーボルト日本植物コレクション》によると、「シーボルトが初来日し,滞在したのは江戸時代の文政6年(1823)から文政12年(1829)の7年間」であり、「シーボルト事件に発展した蝦夷の地図の収集」をおこない、またライデンとも深いつながりがあるようです。

シーボルトがこの絵巻物をオランダに持ち帰ったのか知らん?

いずれにしろアイヌとオランダとを結ぶ糸がありそうです。
 
posted by sakae at 23:52 | Comment(2) | TrackBack(0) | 17世紀/オランダ

2006年07月24日

“因幡(稲葉)の白兎(素兎)” ― 『古事記』

2週間ほど前(7月9日)のことですが、朝日新聞の“たいせつな本”というコラムに、精神科医であり作詞家の“きたやま おさむ”さんが次のように書かれていました。《asahi.com

「戦争を知らない子供たち」は学校で日本神話を教えられなかった。それは時にタブーでもあった。だが、神話を読まない国民の魂は薄っぺらになる。

ちょうど知人と、最近の子どもは“因幡の白兎”とか知らないんじゃないかな、と話した直後のことだったので、この記事に大きく頷きました。

きたやまさんが、「30年の愛読書」としてこられたのが、西宮 一民・校注『古事記 新潮日本古典集成 第27回』

新潮の『古典集成』は、古文の横に朱で“現代語訳”がかかれていて、注も豊富で読みやすいので、ぼくも何冊かは持っているのですが、古事記は目にしたことがありませんでした。さっそく図書館から借りてきて、“因幡(稲葉)の白兎(素兎)”のところを読んでみました。

この話は、小学校の頃絵本か物語で読んだように思うのですが、当時の内容とほぼ同じでした。ただ新たな発見もありました。例えば、兎が鮫に語りかけるところ ―

と競(きほ)ひて、族(うがら)の多き少きを計(かぞ)へむ。

「あ」は“私”であり、「な」は“お前”。

古代朝鮮語との関連は分りませんが、現代のハングルでは「ナ」が“私”で、「丿」が“お前”。その簡潔性においては共通しています。

また、注にある ―

兎と鮫の話は、南海諸島からインドにかけて分布している猿と鰐(わに)・鼠鹿(ねずみしか)と鰐の話と類似する。

知恵あるものが獰猛(どうもう)な相手を計略にかけて目的を達する(ただし兎は失敗)。

参考までにインドネシアの例を挙げると、一匹の鼠鹿が洪水のために川を渡れず、「王様がお前たちの数を数えよと命じられた」と偽り、鰐の大群を集めて、その上を跳び数えつつ無事対岸に達し、鰐の愚かさを嘲ったとある。内容的に酷似する。

このあたりにも、古代においてもかなり広いに範囲にわたる人間の移動・交流がうかがい知れるようで興味深いです。

あらためてページをめくってみると、知らなかったことがたくさんあることに気付かされます。大人も読まなくちゃいけませんね^^;
 

Amazonで【古事記】
posted by sakae at 23:32 | Comment(2) | TrackBack(0) |

2006年07月22日

“空白の一年” ― 韓国ドラマ【ごめん、愛してる】

昨日ついに韓国ドラマ【ごめん、愛してる】(字幕版)が終わってしまいました〜。本来は16話のところ、「TV放送版は放送枠の関係上、全17回に編集」されて放送されましたが、不自然さはありませんでした。

悲しい結末であることは、ドラマの冒頭から予測できたことですが、最終話で驚きのエピソードが明かされるなど、最後まで張りつめた展開は見事でした。

“悲劇”はやはり、後を引きます…。観終わってやはり気になるのが、“空白の一年”。いろいろ思いを巡らすのも楽しいですが、やはり知りた〜い!

それを解消するには8月2日発売の ―
エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ
ごめん、愛してる DVD-BOX 完全版

こちらに収録されたオリジナルアニメ「ごめん、愛してる〜空白の1年〜」(34分)をみるのが手っ取り早いかもしれませんが、29,800円!(税込)

日本版は高いです。ちなみに《韓国版(7枚組)》の方は12,400円程度。ただしこちらは英語字幕でアニメはついていません。

もっともアニメのほうは1話30分構成で30話からなるそうなので、その1部だけを観てもしっくりこないかもしれません。

となると、やはり原作本 ―

佐藤 操, イ ギョンヒ
ごめん、愛してる〈上〉

しかし、こちらは上下巻ともAmazonでは在庫切れ!

しばらくは妄想(?)をたくましくするほかなさそうです…。
 

posted by sakae at 22:56 | Comment(3) | TrackBack(0) |

2006年07月21日

日本語の起源と古代朝鮮語

古代朝鮮語…この言葉、最近目にしたな…ともう一度繙いたのは、《『神仏のすみか』 ― 梅原猛「神と仏」対論集第2巻》です。

中沢新一さんとの対話「日本の霊性 ― スピリットの国の神と仏」のなかでは、さまざまは事柄が話題となっていますが、梅原さんの“日本語の起源”をめぐる考察の中に“古代朝鮮語”が出てきていました。

埴原和男(はにはら・かずお)さんなどの自然人類学者によれば、アイヌの人は縄文人の末裔であることに疑いないというんです。…

…アイヌの人はモンゴロイドで、縄文人の血を強くもった人種であることは疑い得ない自然科学的な真理であることがわかった。

とするとその文化はどうなるか ― アイヌの文化は縄文文化を継承したものと考えるのが、ごく自然です。…

しかし言語はどうでしょう。アイヌ語は縄文語の名残りを強く残す言語です。そして和人は、埴原説によれば、縄文人と渡来した弥生人の混血だということになります。とすると、日本語も、

アイヌ語に残った縄文語と、
たぶん古代朝鮮語を使っていたとみられる
渡来の弥生語(と)の混成語

ということになります。

この発想ゆたかな梅原説にさらに広がりを持たせるべく、中沢さんはロシアの民族学者ソロコゴロフの「大胆きわまりない仮説」を紹介しています。

ツングースはシベリアと極東地域に住んでいますから、「北の民」ですよね。ところがシロコゴロフは彼らを「南の民」と仮定するんです。彼らの服装をみていると、どうも南方系に見える。それを途中で北方に適応するために無理矢理北方的に変えたような、どこかいい加減なところがあるというんです。服装の類似だけでなく、親族・社会構造もとてもよく似ていると。

これを考えてみると、朝鮮人は北方ツングースといわれていますけど、この人たちも南からきた ― 数千年かけてダイナミックに移動したんだと考えられないこともない。

そうすると吉本(隆明)さんの言った、アイヌは南からきたんだという考えとも合わせて、アイヌ・沖縄、縄文人の原形を考える上で、今まで仮定し得なかったような動きが想像できる。

従来の説にとらわれない、あるいは疑うことによって生まれる梅原さんの斬新な発想。その発想をさらに刺激する視点と広がりをあたえる中沢さんの指摘。対話の面白さというのは、こういうところです。

それにしても中沢さんの、次のような発言にみられるスケールの大きさ ―

…6000年くらい前の縄文海進期の頃に太平洋圏で民族が大きく動いてますけど、そのことと関連づけて日本語の形成史を考えることはできないかと僕は思っています。

そして、梅原さんの飽くなき探求心も ―

僕は今、アイヌ語とともに朝鮮語も勉強したいと思っています。日本語がどうしてできたのか。日本語ができたのは古墳時代と思いますが、それを知るには渡来した弥生人が初め使っていたと思われる古代朝鮮語を知らねばならない。

単語は縄文語を基本にし、文法は弥生人の使っていた言語の影響が強いと考えたら、古代朝鮮語を研究しなくてはその説を十分証明できない。できたらアメリカ先住民の言語、ツングースの言語もやりたい。

こんな年寄りになってやりたいことが増えるのはたいへんです(笑)。

なにかを知ろうとすることのなかにある、わくわくするような歓びがここにはあふれています。

日本語を知るための古代朝鮮語というのはおもしろそうです。
ハングル学習またぼちぼちはじめようかな…。
(ラテン語はどうした!?って声がどこからか聞こえてきそうですが^^;)
 
posted by sakae at 22:51 | Comment(6) | TrackBack(1) |

2006年07月20日

パルガン ジャンミ コッタバル ― 赤い薔薇の花束

昨日の【薔花、紅蓮】つながりなのですが、"薔花"とは韓国では薔薇のことをいうんだろうか?と、いまや宝の持ち腐れとなっている↓の辞書を開きました。

小学館, 金星出版社
朝鮮語辞典

けれども"薔花"の項目はなく、薔薇のほうはありました。seesaa さんではハングル表記が難しいのでカタカナ表記になりますが ―

チャンミ〔薔薇〕バラ

そしてその用例の一つが ―

パルガン ジャンミ コッタバル
(赤い バラの 花束)

リエゾンとかいまだによくわかってないので、このカタカナ表記も怪しいのですが、最後の"タバル"を見て「え!?」と思いました。

タバル≒束(たば)

ハングル表記であっても、日本語と共通の"漢字語"がかなりあるということは知っていましたが、このケースは

「音」(漢語の発音)ではなく
」(和語としての読み方)と似ているではありませんか!
これは単なる偶然なの?

そういえば、《崔華国「荒川」》でとりあげた茨木のり子さんの『ハングルへの旅』に、「日本語とハングルの間」について書かれた章があったと思い出し、読み返してみました。

金思指差し確認右(キム・サヨプ)著『古代朝鮮語と日本』(講談社)という本からは、教えられること実に多かった…

(その中に)古代朝鮮語と古代日本語との対応表(1270語)もあるが、音韻対応の規則なるものが私にはよくわからず、似て非なる不思議な対応をするものよ、と思うばかりである。

ただ、ほぼ同じ、そして今に至るまで共通の音を持っているものだけを、少し拾い出してみよう。

と、茨木さんがピックアップしたものの中に、思ったとおりこのタバルもありました!

古代日本語「たば(束)」≒古代朝鮮語「タバル」


“薔花”から、意外なつながり…そういえば、茨木さん…「いばら」も薔薇ですね^^

そして、古代朝鮮語といえば…!!それについてはまた次回!
 
posted by sakae at 17:52 | Comment(3) | TrackBack(0) |

2006年07月19日

“薔花紅蓮伝” ― 映画【箪笥】

映画【箪笥】の原題は【薔花、紅蓮】(チャンファ、ホンニョン)。そして英語題が【A Tale of Two Sisters】で、小説が『姉妹』。

それぞれのタイトルの意味が、吉村達也さんの手になる小説でよくわかりました。

吉村さんが“あとがき”で書かれているように、この映画は韓国の古典小説『薔花紅蓮伝』(チャンファ・ホンニョン・ジョン)を下敷きとしていて、それを知らない「日本の観客は大きなハンディ」があるということです。

キム・ジウン監督に吉村さんが『薔花紅蓮伝』について尋ねたところ ―

「…少なくとも私と同世代か(監督は1964年生まれ)、20代ぐらいの人たちまでなら、誰でも知っている話です」という答えが返ってきた。

…ひとことで言えば『シンデレラ』に似た継母による先妻の子供虐めが骨格になっている物語である。この先妻の子供が、薔花と紅蓮という名前の姉妹なのだ。

継母の策略によって姉の薔花は妊娠堕胎の汚名を着せられ、冤罪を晴らせず、池に身を投じるよりなくなり、妹の紅蓮も愛する姉の死を嘆いて、同じ池で後を追った。

その悲劇の最初から最後まで、姉妹の実父は、後妻のいうなりに騙されていく愚かな存在なのだが、死んだ紅蓮の霊が役人の前に真実の解明を求めて現れ、最終的には継母の悪だくみが暴かれる、という結末である。

ぼくもホラーは苦手ということもあって、以前1回だけ観て“謎”は謎としてそれがまたこの映画の良さなのだろうと解釈していましたが、この古典を「子供のころに知る」韓国の人たちには、ずいぶん違った印象を与えたのですね。

知っている分、監督の術中に嵌ったということもあるのではないかとも思います。作品を鑑賞された方はご存知のように、「ドンデン返し」がありますから…。

でも、この映画にはさらに「ドンデン返しのドンデン返し」があった!ということは、小説『姉妹』を読むまではっきりわかっていませんでした。場面を一つ一つチェックすれば気づく方もいるでしょうけれど。

DVDのほうは、明るいときにチェックしようと思っています^^;
 
posted by sakae at 23:54 | Comment(3) | TrackBack(0) |

2006年07月18日

イメージ ― “開かれの磁場”

日曜日の午前は図書館へ、というのが数年来のお約束事になっています。そのわりに、本読んでいませんが^^;

それをカバーするというわけでもないのですが、最近は図書館で日曜日の新聞書評欄を眺めるのを楽しみにしています。…もっとも、気になる書評は一つあればいいほうで、興味は偏っています。

そしてその気になる書評を書かれている方というのも、意外に決まっていることに気づかされます。

以前《拾い読み》でもその書評を引用させていただいた、上智大学教授の林道郎さんもそのおひとりですが、日曜日の読売新聞にとり上げられていたのがこの本です。

ジャン=リュック・ナンシー, 西山 達也, 大道寺 玲央

イメージの奥底で


YOMIURI ONLINEに書評が掲載されるのは、木曜日頃だと思うので、印象に残った箇所を…

プラトンであれキリスト教神学であれ、西洋の伝統においてイメージは、感性的世界を超える絶対者=真理に対して、二次的で不完全な写しと考えられてきた。

そのように貶められたイメージを彼は、むしろ世界との一次的な接触と、切断と、開かれの磁場として捉え返そうとする。

そこから見れば、「真理」もそれを見る「私」も、イメージから析出されるものにすぎず、しかもその析出の様態はつねに流動化している。

世界はまずもってイメージ(の自己呈示)として到来する(触れる)が、同時に、距離を介さなければ観取できない(遠ざかる)。

存在生成の原風景がこの二重性の中にあると言ってもいい。

先日の下條さんの「認知の偏りで社会は動く」の話とも、どこかで繋がっている気がします。

それにしても、林道郎さん自身がお書きになった一般書は少ないようで、Amazonや地元の図書館の検索システムではヒットしません。新刊が出たら読んでみたいです。

下條さんの著作の方は、何冊か出ているようなので近いうちに手に取ってみようと思っていますが、少し前ですが養老孟司さんとも対談されています。



専門的な話なのにわかりやすく、専門的だから刺激に富んだ、養老さんならではの対話集です。
 
“11人の精鋭”
posted by sakae at 01:57 | Comment(4) | TrackBack(0) |

2006年07月15日

魅力炸裂!ムン・グニョン ― 映画【マイ・リトル・ブライド】

映画【箪笥】は本の方を読んでからって思っていますが、イム・スジョンさんの映画を観たら、やはりムン・グニョンさんの作品も観たくなります^^

何といってもドラマ【秋の童話】の可憐でひたむきな少女“ウンソ”役が忘れられませんが、この作品でますます演技の幅を広げています。


内容は、もう大分前に日本で大ヒットした『おくさまは18歳』に似ています。岡崎友紀と石立鉄男のラブコメを、ぼくも何度か観た記憶がありますが、「1970年9月より1年間、毎週火曜日夜7時よりTBS系列にて放送された」のですね。

「祖母の願いを聞く為に、父親同士が決めた許婚と結婚した現役高校生の主人公が、教師である夫の学校に転校する」という『おくさまは18歳』の設定をほぼ踏襲しているところを見ると、これは韓国版リメイクといえそうです。

でもそうした設定の面白さもさることながら、やはりキム・レオンとムン・グニョンの魅力が全編にあふれていて、ラブコメの楽しさを満喫できます。

ふたりのこの表情をご覧ください^^



レオンさんは、【アメノナカノ青空】(韓国2003)ではスジョンさんと、本作(韓国2004)でグニョンさんと競演しているのですね。ともに【箪笥】のあとの第1作目というのが面白いです。

映画のテイストは全く異なるのに、彼の存在が、それぞれのヒロインの輝きをましています。それだけでも、役者キム・レオンは魅力的です。

グニョンさん演じる“ボウン”のおじいちゃん役を、キム・インムンさんがやっていますが、【アメノナカノ青空】でもマンションの警備員で出ていましたね。【猟奇的な彼女】の“キョヌ”のお父さん役もそうでしたが、いい味出されています。そうそう、いま視聴中のドラマ【おいしいプロポーズ】にも出演されてました。

【猟奇〜】つながりでいうと、“彼女”のお父さん役のハン・ジ二さんもレオンさん演じる“サンミン”のお父さん役で出ています。

ラブコメはやっぱりいいなぁ…とうれしくさせてくれる一作です。

オフィシャルサイトは《こちら》 

 
posted by sakae at 23:45 | Comment(5) | TrackBack(0) | 映画/ドラマ

2006年07月14日

“ハイパーニューラルリアリズム” ― 下條信輔さんに聞く

どういう話の流れだったか、同僚のIさんに、

「みかんはなぜ甘いか知っていますか」

と謎かけのような質問をされました。
その意図がつかめず黙っていると…

「売れないからだそうです」
「!?」

要するに、以前はみかんといっても酸っぱいのもあればちょっと苦味のあるものもあったのに、今は一様に甘いものばかり。それは、甘くなければ売れないから、結果として店頭のみかんはことごとく甘くなったということなのですが…。Iさんが言いたかったのは、この質問に対する“応え方”のほうでした。そこにある“はぐらかし” ― 応えているようで実は応えにはなっていないことを問題視したのです。

Iさんの話は、そこから昨今の小泉首相の答弁へと波及していったのですが、ぼくは…みかんの甘さのほうにひっかかりました^^

みかんの味が、“甘い”に画一化されているということは、“味覚の退化”につながっているよな…と。最近やたらと耳にする“おいしい”というのも、どうなんだろう?…と。

“おいしい生活”というのは糸井重里さんの有名なコピーですが、昨今のグルメブームもあるのでしょう、おいしさ至上主義とでもいうような状況がある気がします。おいしいが何たっていちばん!…という風潮。

“甘い”が、“辛い”や“酸っぱい”や“苦い”等さまざまな味覚があってこその味覚であるように、“おいしい”は“まずい”があってこそなのに…。“おいしい”ものだらけだと、何を食べても本当に“おいしい”とは感じられなくなってしまうんじゃないかなぁ…。“まずい”と一言で切り捨ててしまって何とも思わなくなっているなぁ…と。

そんなことを感じていた折りに、昨日(7月13日)の日経新聞に掲載された記事が目を引きました。上記の話と直接関連しないかもしれませんが、気になった箇所を引用します。

◎「認知の偏りで社会は動く」 ― 下條信輔さんに聞く
「脳ブームには本当に驚きますね。ただの計算ドリルが脳を鍛えるとかアルツハイマーを防ぐといううたい文句でかなり売れる。脳のサプリメントのようなものがはやったり、神経伝達物質の名前がチョコレートにつけられたりもしている。文化レベルのイリュージョン、つまり錯覚がおきているといえるでしょう」

「脳ブームに限らず、いまの世の中は錯覚であっても誰も気付かずに、錯覚が現実化します。みんなが同じように錯覚や認知の偏りをもとに動くから錯覚にリアリティー(真実性)が出て、世の中が動いてしまう」

ほかにも、野球の“ラッキーボーイの存在”や“特定株への売買の集中”等、錯覚で現実が動く実例が挙げられていますが、世の中の“流行”には全て何がしかの錯覚が混じっている気がします。
「自分で見聞きしたものしか信用しないという人がいますが、あれは雑な言い方。私たちの現実とは脳の解釈の産物です。脳は見聞きしていることをはるかに超えて解釈することがあり、それが錯覚につながります」

「いまの世の中は、快感をもたらす脳神経系の活動を最大にするのがリアルという方向に走っています。快感に反応する脳神経系があって、その活動を最大にするとナウいとか、かっこいいとかの反応につながる。これを意図的に強調するのが若者文化で、『おたく』も『キャラ萌え』もこの流れでしょう」

こうした快感を求める感覚刺激追求の流れを、下條さんは『ハイパーニューラルリアリズム』と呼んでいます。

“おいしさの追求”というのも味覚刺激追求に他なりません。
ただ、巧みな快感刺激によって知らぬ間に心や情動が操られる恐れもある。

「無意識の世界を操られても、ほとんどの人は操作されたと認識しない。誰もが自由意志で動いていると考えてしまう。これには一抹の不安を感じている。対応策に決め手があるわけではないが、技巧が分っていれば、だまされまいとの意識も働く。知ることこそ最大の防衛策です」

カリフォルニア工科大学教授である下條さんは、認知科学から脳に迫る研究をされています。

*


今年の3月に、《経験「以前」》で、木村敏『関係としての自己』に関して、
人間が“ある出来事”を「経験」する「以前」に、実は生物としてのヒトが先に対象と触れているというのです。それを裏付けるものとして、神経生理学者ベンジャミン・リベットの実験を取り上げています。

と記しましたが、そこで木村さんが紹介されているベンジャミン・リベットの本をその後購入していました。

例によって“積ん読”状態だったのですが、あらためて手にとって…、翻訳されたのはなんと下條さんでした!

ベンジャミン・リベット, 下條 信輔・訳
『マインド・タイム 脳と意識の時間』


これを機会に、ちゃんと読んでみようと思っています^^
 
posted by sakae at 23:27 | Comment(2) | TrackBack(0) | いろいろ

2006年07月13日

オランダのほんとうの女王 ― アニー・M・G・シュミット『ネコのミヌース』

フェルメールそしてスピノザをきっかけに、17世紀のオランダに興味を抱くようになって、まだほんのわずかですが現代のオランダにも関心をもつようになりました。

そんな小さなアンテナにひっかかったのがこの本 ―

アニー・M.G. シュミット, 西村 由美・訳
『ネコのミヌース』

オランダでいちばん読まれ、最も愛されたという作家アニー・M・G・シュミット(1911〜1995)の作品です。彼女は、「本物のオランダ女王を超える女王」とまで称えられたとか。

このおはなしは ―
もとネコだった女の子“ミヌース”とちょっと恥ずかしがり屋で気の弱い新聞記者“ティベ”。そしてたくさんのネコたちが、オランダの街を舞台に繰り広げる、楽しくちょっぴり風刺も利いた児童文学。

おまけに、こんな箇所も。野良猫ノラとミヌースとの会話 ―
「あたしのことなんか、いいさ。あんたのほうが、ずっとたいへんじゃないか。どうしたのさ!いったいどうして、そんなことになったんだい?」ノラは、黄色い目で心配そうにミヌースを見つめました。

「理由がわかればいいんだけど。何が一番いやか、わかる?いっそ、完全に人間になったらともかく、半分しか人間じゃないってことよ」

ちょびっと【ピノッキオ】!?

そしてこの本を原作としたDVD【ネコのミヌース】もでているのです!

最初のほうだけ観たのですが

オランダ語が新鮮!
美しすぎるオランダの街!
そして、たくさんのにゃんこ!


こちらもお薦めです^^

映画のオフィシャルサイトは《こちら
 
posted by sakae at 23:15 | Comment(3) | TrackBack(1) | 17世紀/オランダ

2006年07月12日

03年12月31日午後12時/04年1月1日午前0時 ― ワンコインDVD

昨日1500円DVD(2枚組)をとりあげたからというわけではないのですが、今日の朝刊に掲載された記事が目を引きました。

◎廉価DVD訴訟、53年映画は著作権消滅…東京地裁
映画「ローマの休日」など2作品の廉価版DVDの販売を巡り、著作権の所有を主張する「パラマウント・ピクチャーズ・コーポレーション」(米国)が、東京都内の販売会社を相手取り、販売差し止めの仮処分を求めていた裁判で、東京地裁(高部真規子裁判長)は11日、「著作権の保護期間は満了している」として、申し立てを却下する決定をした。

名作の当たり年とされる1953年公開作品については、保護期間が50年か70年かを巡り業界で見解が分かれていたが、著作権は50年で切れたとする初の司法判断が下された。

1953年は問題となった「ローマの休日」「第十七捕虜収容所」の2作品のほか、「シェーン」「ナイアガラ」「宇宙戦争」などの名作が相次いで公開された。旧著作権法では、映画の保護期間は公開の翌年から50年とされていたが、04年1月1日施行の改正法で70年に延長された。

文化庁は、旧法では03年末に著作権が切れることになっていた「53年作品」について、「03年12月31日午後12時と04年1月1日午前0時は連続しているため、53年作品の保護期間は70年に延長される」との公式見解を示していた。

しかし、DVD業界では、「53年作品」の著作権は03年末で切れたとして、廉価版を販売する業者が相次いだため、パラマウント社が今年5月、このうちの1社に対し仮処分を申し立てていた。

この日の決定は、「著作権法上の保護期間の単位は『日』であり、著作権は03年12月31日で消滅した」と指摘した上で、「文化庁の見解は司法判断を受けたものではなく誤っている」と、同庁の公式見解を真っ向から否定した。

法律のことはよくわかりませんが、文化庁の解釈には思わず「え!?」と思いました。

たしかに今日の深夜24時とあしたの午前0時というのは「同じ時刻」をさしますものね。

でもだからといって、1953年から50年後といったら2003年を指すわけであって、12月31日24時と翌1月1日0時が「同じ時刻」だから2004年まで有効だというのは“ふつう”変です。

それをこともあろうに「文化庁」が主張している。下種の勘繰りかもしれませんが、1953年が「名作の当たり年」だから…なんてことはありませんか?

日経新聞に「1953年公開の主な映画」が列記してありました。
●東京物語(小津安二郎監督作品)
●君の名は(大庭秀雄監督作品)
●ローマの休日(ウィリアム・ワイラー監督作品)
●シェーン(ジョージ・スティーブンス監督作品)
●恐怖の報酬(アンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督作品)
●第十七捕虜収容所(ビリー・ワイルダー監督作品)

ワンコイン500円でこうした名作を手に入れられるというのは、ファンにとってはありがたいことです。

パラマウント側は「知財高裁に即時抗告する」ようですから、最終的にどうなるのかわかりませんが、著作権そのものを考える上でも興味深い案件です。 
posted by sakae at 22:45 | Comment(4) | TrackBack(0) | いろいろ

2006年07月11日

センイル チュカハムニダ♪ ― イム・スジョンさん

最近は更新する時間がこの時間帯なので遅くなってしまいましたが、本日7月11日はスジョンさんの26歳のお誕生日です。(1980年7月11日生まれ)

韓国では27歳になるのかな?ソン・イェジンさんよりも年上なんですよねぇ。【アメノナカノ青空】(2003)の高校生役、本当に自然でした^^

そうそう映画ではキム・レオンさんがさかんにたいした年齢差ではないと強調していましたが、実際はレオンさんが年下だったのでした。(1981年3月19 日生まれ)

【ごめん、愛してる】(字幕版)は第13話・14話と進み、なんだか主要登場人物全員が可哀想になっていく展開ですが、スジョンさん演じるウンチェは放心状態で、涙なくして観ていられませんでした。

そんな彼女の魅力をさらに確かめたくなって、苦手なホラーですがとても印象に残った映画【箪笥】をもう一度観ようとおもいました。

…と、なんと!ただ今、期間限定の“グッドプライス”ということで、税込1,575円。Amazonなら送料無料。しかも

2枚組!!

アミューズソフトエンタテインメント
箪笥-たんす-

[特典映像]として
●イム・スジョン、ムン・グニョン来日時試写会挨拶&インタビュー
●キム・ジウン監督来日時インタビュー
●メイキングドキュメンタリー
●キャストインタビュー(イム・スジュン/ムン・グニョン/キム・ガプス/ヨム・ジョンア)
●削除シーン(監督解説コメンタリー付)
●美術/音楽/CGメイキング/ポスター撮影風景
●精神分析医が見た「箪笥」
●韓国版予告編

さっそく注文した商品が、ちょうど先程届きました。スジョンさんの誕生日なのに、何かプレゼントをもらったような気持ち^^v

1回観ただけではよくわからないところもあったので、↓の本も参考にしたいと思います。

彼女の新作といえば、映画【角砂糖】。《韓国オフィシャルサイト》を覗いてみてください。

バックに流れるのは、あの名曲です!


こちらも日本公開が楽しみです。
 
posted by sakae at 23:25 | Comment(15) | TrackBack(0) | 映画/ドラマ

2006年07月10日

なんといっても注目は… ― 今週リリースのアルバムとシングル

今週の12日には、注目の2枚のCDがリリースになりますね。
アルバムといえば ―

オリコン・ニュースでも《7/12発売の注目アルバムは、人気急上昇中の手嶌葵!》として取り上げられているように、《NINKI度》を見ると全世代で期待されています。

それだけ【テルーの唄】のインパクトが強かったことをあらわしています。このアルバムには別バーションも含まれるとか。これは楽しみ!

1. 数え唄
2. 竜
3. 黄昏
4. 別の人
5. 旅人
6. ナナカマド
7. 空の終点
8. 春の夜に
9. テルーの唄(歌集バージョン)
10. 時の歌(歌集バージョン)

なお、《ジブリチャンネル》(無料会員登録制)の1チャンネルで、アニメ【ゲド戦記】完成披露試写会(7月6日)にて手嶌さんがライブで歌われた【テルーの唄】を視聴できます。

シングルはといえば ―
スピッツ, 草野正宗, 亀田誠治
魔法のコトバ

こちらも《NINKI度》は、全世代でトップ3にランクイン(20代・40代においては1位)しています。

スピッツの《オフィシャルサイト》で、PVが一部視聴できるほか、《Yahoo!ミュージック》にて、「魔法のコトバ〜スピッツ・サマーコレクション2006〜」が視聴可能です。

こちらも楽しみ〜!
 
posted by sakae at 18:43 | Comment(4) | TrackBack(0) | 音楽

2006年07月08日

“星に願いを” ― 【ピノッキオ】(その6)

ディズニーのアニメ【ピノキオ】の大きな魅力のひとつは、ジミニー・クリケットの歌うテーマソング、【星に願いを】です。あまりにも有名な歌詞ですが、最初の2行にあらためて目を向けたいと思います。

When you wish upon a star
星に願いを懸けるとき
Make no difference who you are
あなたが誰であるのかは、関係のないこと


“who you are”というフレーズは、【ピノッキオ】という作品でうたわれる時、なんだか哲学的な問いかけのニュアンスさえ感じられると言ったらうがち過ぎでしょうか。

でも、操り人形ピノキオが本物の人間の子どもとなることを星に願ったのは、世間では見向きもされないような貧しいゼペットじいさんであり、妖精によって口をきくことはできても半分は人形のままのピノキオでした。

そのことを思い出すなら、“who you are”のフレーズは決して軽くはありません。


*


話はここで、アニメ【エウレカセブン】にとびます。

テレビで49話と最終回の50話がダブル放映された4月2日の夜、《エウレカセブン非公式ナイト》というイベントが開催されたそうです。


b7.jpg


非公式ではありながら(だからこそかもしれませんが)、【エウレカ】について京田知己監督自らが語った貴重なイベントだったようです。

そこで京田監督によって語られたちょっと驚きの数々…



最終回のサブタイトル「星に願いを」は直前まで
極秘扱いだった!

新聞に掲載されている番組表(ラテ欄)にも載せなかったそうです。それだけこのタイトルに込めた思いというのは強かったのですね。

京田監督の頭の中に、【ピノッキオ】があったことは間違いありません。ただ…

ピノキオは果たして人間になって
本当に幸せだったのか?

という思いがベースにあったそうです。

【エウレカセブン】において、【ピノッキオ】にあたるのは無論“エウレカ”です。

エウレカがレントンとの関係を深めたいと願う時、彼女の具合のほうは逆に悪くなります。

京田:ピノキオが人間になる事で幸せになったのではなく、他人との関係を築いていってどうなるかって事をやりたかったんです。人形のままでも人として見られるような

【ピノッキオ】の視点から、【エウレカ】をみなおすと新たな発見がありそうですね。

そうそう、レントンの暮らしていたベルフォレストの市長は

カレオ・コロッディ

っていうんだそうです^^
情報源は《コチラ

 
posted by sakae at 23:34 | Comment(1) | TrackBack(0) | ピノッキオ

2006年07月07日

“ムクゲの花が咲いたよ” ― だるまさんがころんだ

ドラマ【ごめん、愛してる】のサイトは、テレビ東京よりエイベックスの方が充実している気がします。

なかでも《予告編》の動画がイイです!(Macでは音声がうまくいかないかもしれませんが、《トップページ》の動画と同じです。)

さて昨日深夜の第13話と14話は日曜日にゆっくり観るつもりですが、我慢できずに冒頭ちょこっとだけ観ました^^

12話の最後のほうにも同じシーンがありましたが、へぇっと思ったのは、厶ヒョクと双子の姉ソギョンとその息子のガルチが、“だるまさんがころんだ”をやっているのです!

日本と同じ遊びかたのようですが、鬼のとなえる呪文は日本語字幕によると ―

ムクゲの花が咲いたよ

「だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・だ」はちょうど10文字ですが、韓国語での音数も同じように聞こえます。

ムクゲ(木槿)は、韓国では無窮花(ムングンファ)と呼ばれ、国花となっている大切な花だと知りました。


無窮花…窮まることの無い花という命名からも、韓国の人々の永続的な発展への願いがうかがえます。
記録によると無窮花は、古朝鮮以前から天の花として貴重に取り扱われ、新羅は自国を'槿花(無窮花の国)'と称する程に、長い間韓国人と共にあった花として知られている。 大韓民国は100余種の無窮花中、花弁の中央の赤い丹心系単花弁を国花として普及指定している。

「散っては咲き、散っては咲く生命力の強さを韓国人の歴史と性格に例えることが多い」そうですが、「だるま」も、七転八起から類推されるように“転んでは起き、転んでは起きる”その粘り強さでは共通していますね。

ちなみに“だるま”は ―
日本では、江戸時代に中国から長崎の黄檗宗の寺院に伝来したのが、最初とされている。その後、商人に信仰され、日本各地に普及していったのである。
とすると、“だるまさんがころんだ”の遊びも江戸時代頃からなのでしょうか。韓国ではいつごろからの遊びだったのでしょう?

(余談ですが、あの【うなずきん】はだるまにヒントを得ているのか知らん?)
 
posted by sakae at 22:29 | Comment(2) | TrackBack(0) | 映画/ドラマ

2006年07月06日

“ふつう”なのに“ふつうじゃない”魅力 ― イム・スジョン

今日の深夜といえば、韓国ドラマ【ごめん、愛してる】(字幕版)です。吹き替え版はすでに終了しましたが、韓国もので日本語はやはり馴染めません。というか、前回の記事でも触れたハングルという言葉の響きを聴くのが、韓国ドラマを観る楽しみのひとつでもあります。

ドラマのほうは最初はさほどでもなかったのですが、1話1話と進むごとに主人公厶ヒョク演じるソ・ジソプさんの魅力炸裂です!

先週の第12話「届かない叫び」は痛切でした。ウンチェ、早く気づけ!って思わず画面に向かって叫びたくなりましたが、最後でね…。だから今回はよけいに楽しみです^^

今回は、ウンチェのイム・スジョンさんの魅力について。

彼女の作品は以前【箪笥】(2002/日本2004)を観て、その独特な存在感(ホラーでしたが)は印象に残っていました。

多くの方が指摘されていると思いますが、彼女どんな服でも着こなしちゃうというか、普通なら様にならないような格好であってもそれを個性にしてしまうという感じです。

役柄においてもそうです。一見すると“ふつう”。取り立てて目立つわけではない。ドラマのウンチェも裏方 ― スター歌手ユンのスタイリストでしかありません。ユンはつきあいが長いせいもあってウンチェを“女性”として見ていない ― 彼女の良さに気づいていません。

観る方も最初は彼女がヒロインだということを除けば、やはり厶ヒョクを中心にドラマを観ていくと思います。なのに、いつの間にかウンチェの存在が大きくなっていきます。目立たない彼女を中心として動き始めているのです。まさに透き通っているために、目には見えなかった彼女の魅力がはっきりとあらわれていきます。

それがドラマの設定によるのは当然ですが、“ふつうの女の子”ウンチェに、あらがい難いふしぎな魅力を注いでいるのは、女優イム・スジョンに他なりません。

そんな彼女の魅力たっぷりなのが、↓の映画。




韓国での公開は 2003年11月28日《韓国オフィシャルサイト
日本公開 は2005年12月10日《日本オフィシャルサイト

原題は【...ing】。邦題の【アメノナカノ青空】は、ご覧になった方はご存知のようにヨンジェ(キム・レウォン)がミナ(イム・スジョン)に手渡した傘、そしてこの映画のテーマに関連しています。

内容は韓国映画の定番なので食傷気味な点も無きにしもあらずですが、製作時、28歳だったというイ・オニ監督の切り取る映像は繊細でした。特に、傘をさして遠ざかる後ろ姿をとらえたシーンはとても印象的でした。

スジョンさんは無論のこと、キム・レウォンさんの笑顔はいいですねぇ。ミナの母親をあのイ・ミスクさんが演じていますが、まさに大人の女性の美しさ、母親の悲しさが通底音を奏でています。

今年の11月に日本でも公開になる【サッドムービー】《韓国オフィシャルサイト》も楽しみです。


(とんでもない勘違いかもしれませんが、イム・スジョンと蒼井優ってなんだか似ているような…)
 
【ごめん、愛してる】全17話タイトル
posted by sakae at 23:42 | Comment(4) | TrackBack(0) | 映画/ドラマ

2006年07月05日

崔華国「荒川」 ― 茨木のり子『ハングルへの旅』

茨木のり子(いばらぎ・のりこ)[1926〜2006]さんの詩は、教科書にも載っているそうですから、その何篇かは読んでいるはずでした。

今年の2月、彼女の逝去を追悼する記事を読み、『ハングルへの旅』や訳詩集『韓国現代詩選』(読売文学賞研究・翻訳賞)も著されているのを知りました。

その『ハングルへの旅』の中に、「ハングルの音のひびきの美しさ」の例として、崔華国(チェファグク)[1915〜1997]さんの詩「荒川」(「驢馬の鼻唄」1981所収)が紹介されています。


荒川      崔華国

丈なす葦をかきわけ岸辺におりる

西瓜の匂いを含んだたそがれの川風は

姉(ヌナ)の裳(チマ)のようにやさしかった

葛飾の低い空もやさしかった

朽ちた伝馬船に寝っころがって目をとじよ

風が運んでくる

母と姉の囁きに耳をかたむけよう


サララ      生きるのだ

サララ      生きるのだ

チャララ     育つのだ

チャル チャララ 立派に育つのだ

サワラ      闘うのだ

サワサワ     がんばれ がんばれ


チャラ      おやすみ

チャル チャラ  安らかにおやすみ


日の長い夏の夕暮れ時。草の香を含んだ風が、ほてった頭を撫でていく。 河川敷に無造作に置き去りにされた木舟に横になり、ゆったりとした流れと川面を渡る風の音に身をあずける。 かつてまどろみのなかで聴いた子守歌のように耳に届く、オモニとヌナの声、言葉、響き…。

茨木さんは次のように書かれています。
活字では現すすべもないけれど、この詩を読むと実際の音が立ってくるのを感じる。

日本語とハングルとのこの素晴らしい競演は、在日韓国人として生きた崔華国だからこそ、なしえたのかもしれません。
 
posted by sakae at 23:17 | Comment(1) | TrackBack(0) |

2006年07月04日

あの河川敷はどこ? ― 【ハチミツとクローバー】

高田雅博監督監督インタビュー》のサイトに使われている写真 ― あの河川敷は、いったいどこなのだろう?と思っています。

原作では、みんなで四つ葉のクローバーを探すハイライトシーンでした。

映画「ハチミツとクローバー」PHOTO MAKING BOOK』はまだ見ていないし、実際足を運んだこともないのですが、あの川は「荒川」なんじゃないかと連想しています。

それは以前《三ノ輪・同潤会アパート》が、荒川区にあったことに端を発していますが、漫画の番外編で、あのローマイヤ先輩が活躍した遊園地が、そう

荒川ランド!

だったことを思い出した時、確信(?)にかわりつつありますが、どうでしょうか?

なお、アニメ【ハチミツとクローバー】第5巻にはテレビ未放映の
chapter L ローマイヤ先輩スペシャル
『ローマイヤ!ローマイヤ!ローマイヤ!ローマイヤ!』
が収録されているとか。
確かめていませんが、レンタル版には入っていないそうです。そういわれるとよけい観たくなっちゃいますよね^^
 
おまけ
posted by sakae at 23:58 | Comment(5) | TrackBack(0) | 映画/ドラマ

2006年07月03日

『神仏のすみか』 ― 梅原猛「神と仏」対論集第2巻

「梅原日本学」と称される数多くの著作を、これまで読んだことはなかったのですが、少し前に図書館で、『梅原猛の授業 仏になろう』を手にしました。拾い読みした程度でしたが、仏教のなんたるかがとても分かりやすく興味深く書かれてありました。

もしかしたら、中沢新一さんと対談されているかもしれない…と思ってさがしてみたら、ありました!


お二人とも生き生きとして、梅原さんは1925年のお生まれですから80歳を超えられているのに、“まさにこれから”といった好奇心のかたまり!

他のお二方も、その思考の深さ広がりは並大抵ではありません。いにしえは縄文時代へとさかのぼり、世界は“系外惑星系”へととびたちます。

古代や宇宙に思いを馳せることが、“いま”を考えるうえでは不可欠という思いにさせる、「異能者たちの宴」です。
 
posted by sakae at 23:54 | Comment(4) | TrackBack(0) |

2006年07月01日

“なんでもない きょうといういちにち” ― 蒼井優と【ハチクロ】

映画【ハチミツとクローバー】の22日(土)の公開を控えて、今月は関連本やグッズがいろいろ登場します。

例によってぼんやりしていて知らなかったのですが、“はぐ”を演じる蒼井優さんは、岩井俊二監督の【リリイ・シュシュのすべて】や【花とアリス】で主演されていたのですね。

蒼井優.jpg


このブログにおつきあいくださっている方はすでにご存知のように、最初の記事(2005年3月26日)は岩井監督の【Love Letter】に関するものでした。

その後スカイパーフェクTVで“岩井俊二特集”が放映されて、作品はあらかた録画したのですがそのままになっていました^^;

それはさておき、原作ハチクロの出版元である集英社も、“夏の一冊 集英社文庫 ― ナツイチ”を展開していますが、その2006イメージキャラクターを蒼井さんが務めています。

そのオリジナル・ムービー【なんでもない きょうといういちにち】が視聴できます。

おもしろいことに、ムービーの途中“もう一人の蒼井優”が“あの役”で登場しますから、要チェックです。

もうひとつ、蒼井さんが文庫を本屋の書棚からとる瞬間に注目です。横に映っているのは…

ふしぎの国のアリス.jpg

羽海野チカ イラスト
ナツイチ スペシャルカバー版!


今年の夏はWアオイが大活躍!ですね^^

 
岩井俊二監督作品
posted by sakae at 22:55 | Comment(7) | TrackBack(1) | いろいろ
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