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2006年06月30日

“アトム・ピノコ・百鬼丸” ― 【ピノッキオ】(その5)

愛読者というわけではなかったのですが、漫画好きだった昔の少年の目には、どうしたって触れずにはいられなかった ― 手塚治虫の漫画の数々。

今回、竹内オサムさんの「【鉄腕アトム】、アニメのアニメ化」(『アニメへの変容―原作とアニメとの微妙な関係』所収)を読んで、まずアトムについてあらためて知ることができました。

アトムというキャラクターが、光文社の雑誌『少年』に登場したのが1951年。4月から連載が開始された「アトム大使」でのことだ。翌52年の4月からは「鉄腕アトム」とタイトルをあらため、新しく連載が開始される。

虫プロダクションによって最初にアニメ化されたのが1963年。テレビで毎週30分の番組として、放送当時かなり注目を集めた。

ぼくが最初に出会ったのは、この最初に白黒テレビでアニメ化された【鉄腕アトム】でした。63年というのは東京オリンピックの前年ですね。アニメはこれまでに3回制作されているそうです。
第1期「鉄腕アトム」全193話 1963/1/1〜66/12/31 フジテレビ系

第2期「鉄腕アトム」全52話 1980/10/1〜81/12/23 日本テレビ系

第3期「鉄腕アトム」全50話 2003/4/6〜04/3/26 フジテレビ系

アトムは時代と共に、そして何よりも手塚治虫のかかわりかたがそれぞれに異なっていたために「変容」をとげていると竹内さんは指摘されています。

しかし何よりも興味を引いたのは、「もともと雑誌連載の『鉄腕アトム』」が、


「ピノキオ」をイメージしていた!


と手塚治虫自らが証言しているという記述でした。
もともとアトムというキャラクターもコピーとして誕生している。天馬博士が亡くなった自分の息子トビオのコピーとして創りだしたロボットだったのだ。

雑誌連載で、アトムはさらにコバルトという弟のロボットにコピーされる。

もともと「鉄腕アトム」の前身である「アトム大使」というエピソード自体、人類そっくりの人々が他の天体にすむというパラレルワールドそのものだったわけで、“分身の発想”は、「アトム」という物語に固有の物語設定であったことがわかる。
(p.49〜50)

【ピノッキオ】をキーワードにすると、『ブラック・ジャック』の“ピノコ”はもちろん、『どろろ』の“百鬼丸”もつながりがあるように感じられます。

手塚治虫がディズニーの【バンビ】を「80回以上観た」というのは有名らしいですが、【ピノキオ】もきっとたくさん観たんだろうなと思っていたら、こんな本が復刻されていました!



↑は現在在庫切れですが、こちらがありました。↓


 
どろろ》も映画化されることだし、浦沢直樹作品を味わうためにも、手塚治虫の作品をいくつか手に取ってみようかな^^
 
posted by sakae at 23:51 | Comment(4) | TrackBack(1) |

2006年06月29日

仮面劇 ― 【ピノッキオ】(その4)

『ピノッキオのぼうけん』のなかに、実際に仮面劇をとり入れた人形劇が登場します。
いま、舞台には、アルレッキーノとプルチネルラがあがって、いつものように、口げんかをしていました。そして、いましも、手やぼうでなぐりあいをはじめるところ。…

そして「ピノッキオの世界の全体がもっとも大きく仮面劇 ― 人形劇の系譜に負うている」と、安藤さんは『世界児童文学ノート』で書かれています。

同書で述べられている【仮面劇】の構成についてまとめてみると以下のようになります。

◎老人役
・パンタローネ(ヴェネツィアの裕福な商人を代表する仮面)
ほとんど常に道化役にしてやられる父親役。
・ドットーレ(ボローニアの法曹家を代表する仮面)
無用の知識をひけらかして、結局はパンタローネと運命をともにする博士役。

◎カピタン役
・老人役の変種(スペイン軍人をモデルにした仮面)
脳みそはからっぽのくせに、むやみに腕力をふるう、比較的新しい役。

◎道化役(仮面劇の最も主要なパート)
・アルレッキーノ(ベルガモ出身の仮面)
完全に間の抜けた男の役。
・ブリゲルラ(ベルガモ出身の仮面)
機知に富み、人を引っかけることの巧みな下僕の役。
・プルチネルラ(ナポリ農民の悲惨さを代表する仮面)
役たたずで柔和。彼のため息は、無力の人びとの共感を得た、比較的新しい役。

ジェッペットじいさんは、“パンタローネ”の役回りですが、その単なる「末裔」ではありません。仮面劇の類型をこえて、はるかに「人間的な性格」が描かれている点。また、もとは「金持ちの商人であるパンタローネを、その日ぐらしの民衆の一人にひきずりおろしたこと」が重要だと安藤さんは指摘されています。

その結果、道化役のピノッキオも魅力的な個性を帯びるようになります。
しばらくたって、じいさんはもどってきました。手には、むすこのために買ってきた国語の本をもっています。でも、じいさんの上着はなくなっていました。かわいそうにじいさんは、外は雪だというのに、シャツ一まいのすがたなのです。

「上着はどうしたの、おとうさん?」

「売っちまったよ。」

「どうして売っちまったの?」

「あつくてしょうがないからさ。」

でも、ピノッキオには、すぐ、そのことばの意味がわかりました。そして、どうしてもお礼をいいたい気もちをおさえることができず、いきなり、じいさんの首ったまにとびつくと、顔じゅうにキスしました。

『ピノッキオのぼうけん』は、全部で36章ですが、ひとつ一つが短いにもかかわらずまとまりがあります。それは、「子ども新聞」に連載されたという事情があったからでしょう。

ひとつの章を読むと、すぐに次の章が読みたくなる…。当時も夢中になって読んだであろう子どもたちの姿が思い浮かびます。

作者コルローディは、おはなしを連載している途中で、何度かやめようとしたそうです。それを思いとどまらせたのは、他ならぬ子どもたちでした。
 
posted by sakae at 23:38 | Comment(3) | TrackBack(0) |

2006年06月28日

撮影を終えて…ソン・イェジン ― 韓国ドラマ【恋愛時代】(その7)

少し前の記事(6月13日)になってしまいますが、ヤフー・コリアに【恋愛時代】の放送終了直後におこなわれた《ソン・イェジンさんインタビュー記事》がありました。

例によって翻訳サイトを利用して読みましたが、特に興味深いと思った個所を意訳というか想像訳で記します。

インタビュアー:
人生において、これがきっかけで自分が大きく成長したとか、変化したと思える時があると思いますが、イェジンさんにとって今回のドラマがそれにあたるのではありませんか?

ソン・イェジン:
ドラマの最後に、「今この時が終わりというわけではないのだから、ハッピーエンドとは言えない」と主人公ウンホが語ります。そのセリフのように、私という人間がこれからどうなっていくのかは誰にも分ることではありません。

この作品を通して私の演技力が上がったと感じてくださる方もいますが、それができたのも以前の作品があったおかげです。これからまた別の作品に出会えば、今回のドラマが影響を及ぼすことでしょう。

自分にとって本当に良かったと思うのは、このドラマを映画【作業の定石】のあとで演じることができたことです。【外出】(邦題:四月の雪)直後だったとしたらとてもむずかしかったと思います。【作業の定石】というコメディ映画に出ている私を、観客が笑うのを見てちょっと変な感じもしましたが自信をもつことができました。

自分の見せることのできる演技の幅が広がったとは思います。私は自分の演技が観客たちにどのようにみられるのか知りたいですし、それがおもしろくもあります。

インタビュアー:
たいへんだと思いますが、次回作は決まっていますか?

ソン・イェジン:
しばらくはお休みしようと思っています。【外出】【作業の定石】、そして今回のドラマと矢継ぎ早で休むことができませんでしたから。旅行したり、運動もして、本も読みたいです。次回作はゆっくり考えたいと思います。

作業の定石】は韓国において、「16日で観客動員数200万人突破」した作品ですが、この成功がイェジンさんに自信を与え、【恋愛時代】の演技は


という賛辞までうけたようです。

オフといっても完全なオフにはならないようで、8月公開予定のアニメ【千年狐、日照り雨】では主人公の九尾狐少女役の声優を担当するとか。

“日照り雨”という名前の十歳の幼い九尾狐が、人間たちとまじって暮している。
寺小屋三百年に引き続き、小学校を五十年通ったある日、ハンサムな美少年に一目惚れしてしまった“日照り雨”は、自分も人間になると決心する…

おぉ!こちらもピノッキオ!?

来日も楽しみですが、映画やドラマ、早く日本でも公開されるといいなぁ。


作業の定石.jpg

 
笑顔が宝石・【2006 ジュエリーレディ】受賞!
posted by sakae at 23:04 | Comment(12) | TrackBack(0) | 【恋愛時代】

2006年06月27日

あくたれの登場 ― 【ピノッキオ】(その3)

『ピノッキオのぼうけん』(1883)が出版されたとき、イタリアの作家コルローディ(1826〜90)はすでに57歳だったということになります。

今回は、訳者である安藤美紀夫さんの本の中から、この物語に関係する個所を引用させていただこうと思います。



なお手元にあるのは、偕成社版の『世界児童文学ノートI ― 十九世紀的世界 ―』(1975)なのでこちらからの引用となります。

◎時代背景
18世紀から19世紀の初めにかけての1世紀は、イタリアの歴史にとって、もっとも不幸な時代であったに違いない。イタリアという呼び名は、国名ではなく、一半島の名称にすぎないといわれるほど、各地方に小国が成立し、そのうえ、スペイン、オーストリア、フランスが、いれかわりたちかわり、直接、間接にイタリア全土を支配する状態にあった。

…統一された自由なイタリアを求めるリソルジメントの運動は、1848年のミラノの革命を経て1861年の独立達成にいたるまでのあいだ、ますます根深く、ますます力強いものになっていくのである。

「ピノッキオの冒険」の作者コルローディはその青年時代を、…この熱っぽい雰囲気の中ですごした。しかも、…たんなる傍観者や冷ややかな批評家としてその時代をすごしたのではない。コルローディは1859年に自ら志願してノヴァラ騎兵連隊に入隊し、独立戦争に参加している。コルローディ33歳の時である。
(p.94〜96)

「コルローディが児童文学に接するようになったのは、ちょうど50歳になってからであった」ことと、かれがイタリア独立のための戦争を実際に体験したこととを考え合わせると、「ピノッキオのぼうけん」に対する見方が変わってくると思います。

◎あくたれの登場
コルローディは、まだ児童文学に手を染めていなかった1860年の作品「アルベリさん、ごもっともです」の中で、今や上品にさえなってしまったいたずらっ子ではなく、往来をのし歩く「道ばたでごろごろしている子ども」に目をとめ、それらを「生彩のある」「小悪党」としてとらえている。コルローディが(出版人としてのすぐれた目を持つフェリーチェ・)パッジから新しい教科書づくりの要請を受けたとき、おそらくはその姿がよみがえっていたにちがいない。だが(コルローディの初めての子どものための創作)「ジャンネッティーノ」ではそれを形象化することはできなかった。教科書としての限界であろう。

「ピノッキオの冒険」は、そうした制約なしに、最初は「あるあやつり人形のおはなし」として1881年7月7日に「子ども新聞」への連載第一回が発表された。コルローディが、そこで、ピノッキオの生みの親であるジェッペットじいさんを完全な民衆の一人として設定したことは、それ自体、あまったれにとどまらざるを得なかった「ジャンネッティーノ」を、生彩のあるあくたれの方向へ解放しようとする意図のあらわれだったと見ることができる。

そのことは、ジェッペットじいさんなる人物が、もともとはイタリアにおける民衆的な笑劇の一つである仮面劇のなかの人物の一人であったという、その観点からも確認できる。
(p.129〜130)

『ピノッキオのぼうけん』がいまでもおもしろいのは、なんといっても“あくたれピノッキオ”が魅力的だからですが、児童文学史においてもそれは画期的なことだったのですね。

【ピノッキオ】と仮面劇・道化との関連についても書かれていますが、それについてはまた次回!
 



posted by sakae at 23:29 | Comment(3) | TrackBack(0) |

2006年06月26日

“ふたりだけにはわ〜かる” ― スピッツ【魔法のコトバ】試聴開始!

ほんの46秒ですが、ご存知映画【ハチミツとクローバー】の主題歌の試聴ができます!

魔法のコトバ.jpg
ユニバーサル・ミュージック

これぞスピッツ!
って感じでイイですねー^^

 
posted by sakae at 14:42 | Comment(3) | TrackBack(0) | 音楽

2006年06月24日

アニメイト(animate) ― 【ピノッキオ】(その2)

ディズニー・アニメを本当に久しぶりに観ました。



前回の京田監督の言い回しを借りて、
このアニメーションは、名前こそ同じであれ、コルローディ『ピノッキオのぼうけん』とは、全く関係の無いものである…
という言いかたも可能なくらいの、「もう一つのピノッキオ」です。

実際、1940年の公開時にこの作品を見た、
イタリア在住のパオロ・ロレンツィーニ(原作者カルロ・コッロディ=本名ロレンツィーニ=の甥)は、ディズニーが『ピノキオ』の原作を勝手に改変したため、イメージが著しく損なわれた、とイタリア聖職者団体をバックにディズニー側に対し訴訟を起こしたが、結局敗訴した…
<渡辺 泰「『ジャングル大帝』が『ライオン・キング』成功の鍵」>
これはウォルト・ディズニー(1901〜66)が手がけた他の多くの作品と同様、原作はあってもその忠実な再現ではなく、設定を借りて自由な発想でつくられたものと考えた方が良いと思います。

ぼくはむしろこの作品が、ディズニーが最初に手がけて大成功を収めた長編アニメーション【白雪姫】(1937)の次につくられた ― ということに強い関心を抱きました。

なぜ“ピノキオ”だったの?

DVDに特典映像として収められている「メイキング・オブ “ピノキオ”」によると、ウォルトが750人のスタッフとともに妥協を許すことなく、2年もの歳月を費やしてつくり上げた作品だということが分ります。

妖精(blue fairy)がただの操り人形(wooden puppet)に“命”を吹き込んだように、ディズニーは【ピノキオ】をとおして、まさに“命を持ったアニメーション”を作りたかったのではないか…そう思いました。

原作とは異なり、ピノキオは最初は口をきくことができません。その点ではゼペットの家に飾られたたくさんの機械仕掛けの人形たちと、さしてかわることはありません。ピノキオが話し、自分で動けるようになるまでの過程が原作に比べてとてもていねいに描かれます。

『ピノッキオのぼうけん』ではただの木の段階ですでに喋ってますから!

原作ではあっけなく死んでしまうコオロギですが、ディズニー版では物語の旗振り役ジミニー・クリケットとして大活躍します。

冒頭、“彼”の「動き」と仕掛け時計の「動き」とは見事な対比を見せてくれます。そこに猫のフィガロと金魚のクレオのそれぞれ異質な「動き」が加わります。

こうした動きを背景に、ピノキオは最初に“操り人形”として動き、妖精から命をもらい“生きた人形”として動きます。顔とからだは子どもに近くても、手と足は木のままです。したがってその動きにもまた独特な表現が与えられています。

そして最後にピノキオは人間の子ども(real boy)となることで、よりなめらかで自然な動きを獲得します。こうした流れを追うと…

ウォルトこそが、
自分のピノキオに命を吹き込みたかった
ゼペットその人だ!

と思えてきます^^


ジミニイ・クリケット.jpg


"Pinocchio" is distinguished by being one of the most intricately detailed animated films of all time.

 

【animate】
posted by sakae at 23:50 | Comment(3) | TrackBack(0) | 映画/ドラマ

2006年06月22日

もうひとつの… ― 【エウレカセブン】(その5)

DVD全13巻が出揃ったら(7月28日)、もう一度ゆっくり鑑賞しようと思っていますが、小説版『エウレカセブン』を読みはじめました。



巻末“解説”の冒頭で京田監督が
この小説は、名前こそ同じであれ、現在放送中の「交響詩篇エウレカセブン」とは、全く関係の無いものである。

と釘を刺されていますが、それでも「特に小説というメディアに思い入れのある」京田監督をして「読み物として納得できるものになってい」るそうです。
これは「交響詩篇エウレカセブン」ではない。しかし「もう一つの交響詩篇エウレカセブン」である。
…「交響詩篇エウレカセブン」の別な可能性、新たな面白さを見つけるのには最適なものであると、僕は思う。
アニメと小説という、作り手としてのプライドを書けた戦いでもあるのだけれど、そういった面白さが、ここにはある。

「テレビシリーズを見たことがなくても」満足させてくれるはずと書かれていますが、やはりアニメを観てから読む面白さは格別です!

まだほんの30ページあまりを読んだにすぎませんが、アニメでは基本的にセリフを通して耳にしていた言葉が、活字として説明されていると理解は深まります。

たとえば、“トラパー” ―
トラパーは、この星の大気に含まれる特殊な粒子である。
Transparence light particle の名称が示すとおり、人間の目に見えないそれは、気流に乗って上空10キロメートルまで上昇、対流をおこすことで、粒子の波を形成している。
KLF(Kraft Light Fighter と呼ばれる軍事兵器)だけでなく、人間数百人を乗せる巨大船をも空へと運び上げるその波は、もちろん生身の人間だって、どこまでも運んでいってくれるはずなのだ。
(p.18-19)

こうして言葉に記されることで、

トラパーって、
もしかしてあの…
【エーテル】のことかも!?


こんな連想もできて楽しいです^^

【エーテル】について(過去の記事より)
posted by sakae at 22:40 | Comment(3) | TrackBack(0) | 【エウレカセブン】

2006年06月21日

“かっこよくない優しさ” ― YUI【Good-bye days】

夏の新ドラマ情報》をチェックして、やっぱりTBS系の【タイヨウのうた】とテレビ朝日系の【下北サンデーズ】ははずせないなと思っていました。(いつのまにか日本のドラマも観るひとになりつつあります^^)

そういえば映画【タイヨウのうた】も公開はじまったなくらいの感じでオフィシャルサイトをのぞき、《“Live Life Love”ストーリー》を観てしまい…

予測できる展開なのに、
それでも引きこまれてしまいました〜!


なんといっても月の光に輝く主役の二人が魅力的。“雨音 薫”がつくったともいえるYUIさんの【Good-bye days】がいいですね。



PVも観ましたが、映画の中で聴くとより感動すること間違いなさそう。…でも、すぐうるうるするタイプなので、映画館では観られそうにありません^^;

Good-bye days 歌詞

そして、この映画もリメイクだったのですね。こちら↓



近くのレンタル屋さんに行ったのですが置いてなくて、残念…。
 


 
posted by sakae at 17:50 | Comment(6) | TrackBack(0) | 音楽

2006年06月20日

コルローディ『ピノッキオのぼうけん』― 【ピノッキオ】(その1)

まさに宝物にするのにふさわしいシリーズ ― 《福音館の古典童話》。
訳も挿絵も本の作りも本当に素晴らしいものばかり。




でも“ピノキオ”と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、ディズニーのアニメ【ピノキオ】のほうだと思います。もっともアニメ自体は1940年に製作され、日本で公開されたのは1952年のことのようですから、ぼくも実際には見ていません。その後テレビで観たのかどうか…。

幼い頃、ディズニーの絵本を見た記憶はあります。話の筋より、その色使いの鮮やかさのほうが印象に残っています。

それはさておき原作の『ピノッキオのぼうけん』、あらためて読んでいるところなのですが、

こんなに面白い話だったんだ!


と、再認識しています^^

…でも、なんでいま頃【ピノッキオ】?という方にはヒントを。

【エウレカセブン】の最終話のタイトルはなんだったでしょう?


あ、↑はディズニーのほうですね。

そうそうディズニーといえば、《ディズニー・アート展》が東京都現代美術館で7月15日から9月24日まで開催されます。

門外不出のコレクション約350点と、2005年に千葉大学で発見されたオリジナル画のうち、丹念な修復を施した約200点の作品を一挙公開

展覧会では、こんな“ストーリー・スケッチ”も見ることができるようです。

ピノキオ.jpg


ちょっと【ピノッキオ】を追いかけてみようと思います。 
 
posted by sakae at 03:08 | Comment(3) | TrackBack(0) | ピノッキオ

2006年06月19日

“Two thumbs up”― 米映画【The Lake House】公開!

以前《ハリウッド版【イルマーレ】》を書いておきながら、うっかりしていました^^;


lakehouse.jpg


クロアチア戦の興奮冷めやらぬまま観ていた《ショウビズ・カウントダウン》(テレビ東京・日曜24:00)では、来週の特集でとり上げるとか。

また《オフィシャルサイト》(英語)で予告編を視聴できます。サイトもいい雰囲気。

キアヌとサンドラの競演は、あの【スピード】(1994)以来12年ぶりだそうです。
ともに1964年生まれのふたり…ということで、

上質の大人のラブストーリーを期待ですね!

 
posted by sakae at 01:55 | Comment(13) | TrackBack(0) | 映画/ドラマ

2006年06月17日

〈いくら考えても 僕は君を〉がNo.1! ― 韓国ドラマ【恋愛時代】(その6)

韓国の音楽事情は全くといっていいほど知りませんが、【恋愛時代】の挿入歌が現在第1位とか。

恋愛時代OST.jpg

例によって《朝鮮日報》サイトにアップされたいくつかの記事から ―
(携帯電話着信音の人気チャートで)一気に78位もランキングが急上昇したドラマ『恋愛時代』の挿入曲「いくら考えても僕は君を」(が現在第1位。)
(オンライン音楽サイト)MelOnのランキング1位は、ドラマ『恋愛時代』の主題歌『どんなに考えても僕は君を』で、ドラマが終了したにも関らず不動の人気を維持している。
歌うのは男性4人組ボーカルグループ“Sweet sorrow

OSTの試聴は《こちら》。4番目の楽曲がSweet sorrow〈いくら考えても 僕は君を〉です。(WindowsでActiveXをインストールする必要がありますが、画面の指示に従えば問題ないはずです…でもあくまで自己責任でお願いします^^)

“ナン ノル”(僕は君を)の繰り返しが印象的です。

innolifeの記者の方》も、耳から離れないとか^^

主役のお二人も7月14日に《化粧品のCM制作発表会》で来日されるようですし、この歌を日本で耳にするのも案外早いかもしれませんね。
 
 
〈いくら考えても 僕は君を〉歌詞
posted by sakae at 17:50 | Comment(6) | TrackBack(0) | 【恋愛時代】

2006年06月16日

ウェントワース・ミラーをチェック! ― GyaO で映画【白いカラス】

6月2日の記事》でふれたように、映画【白いカラス】にウェントワース・ミラーは主人公“コールマン・シルク”青年として出演していますが、なんとGayOで7/1(土)正午まで無料視聴できます!

まだぼくは観ていなかったので、うれしいです。

地上波では《ほど遠いオンデマンド放送》ではあっても、部分的にしろネットで「見たい番組」を「見たい時」に「無料」で観られるというのはありがたいな。そんなわけで(?)

GyaOの登録者数が1,000万人を突破!

少しずつ時代は変わっているということでしょうか。
 
posted by sakae at 21:54 | Comment(2) | TrackBack(0) | 映画/ドラマ

2006年06月15日

イタリアの光/オランダの光 ― アニメ【ゲド戦記】背景美術

【ゲド戦記】を協賛しているアサヒ飲料のサイトにおいて、“期間限定スペシャル企画”として《背景美術の世界》が連載されています。

その第1回に次のような記述があります。
宮崎駿の空の特徴が、ぬけるような青空ならば、本作「ゲド戦記」の空の特徴は、そこに浮かぶ雲。
あるときは清々しく、またあるときは不吉に、それはまるで、登場人物たちの心の有様が雲に映っているかのよう。
その雲の微妙なニュアンスは、背景美術を"絵画"として描くことから生まれました。

ゲド戦記.jpg


まさに「絵画のような背景美術」ですが、ふとどこかで目にしたことのあるタッチだという印象を持ちました。

そう、もう一年近く前にとり上げた映画【オランダの光】に出てくる空と雲を連想したのでした。




《背景美術》の記述は次のように続きます。
吾朗監督と美術監督の武重洋二との試行錯誤のさなか、「ゲド戦記」の企画に反対していた宮崎駿監督が、スタッフとの雑談のなかで、「『ゲド戦記』にはクロード・ロランの世界観が似合う」と、つい口を滑らせてしまいます。
それを聞き逃さなかったスタッフは、すぐさまフランス古典主義絵画の巨匠クロード・ロラン(1600-1682)の画集を手に入れ、さらにはブリューゲル、ドイツロマン派といった、終末観の漂う中近世の西欧の絵を手がかりに、写実性に囚われないドラマティックで豊かな背景美術を作り出すことに成功したのです。
クロード・ロランの名前を聞くのは初めてでしたが、彼が17世紀人であることに興味を覚え、ぼくも“すぐさま”図書館に『クロード・ロラン』の画集を予約しました^^

1998年9月15日〜12月6日に国立西洋美術館で開催された『イタリアの光 ― クロード・ロランと理想風景』のカタログを借りることができました。

「開催に寄せて」の中で、国立西洋美術館主任研究官・幸福輝(こうふく・あきら)さんは、「クロード・ロランを中心としてこの展覧会が企画された」理由の一つとして次のように書かれています。

「従来、風景画といえば当然のように『写実主義』の立場からの議論がなされてきた」が、実はそれは「ごく限定的な意味においてしか通用しない」。

そのことを示すためには、「『写実主義』とは異なる伝統に属すクロード・ロランの作品が最も相応しい」と考えたというのです。

17世紀オランダ絵画についても述べられているので、少し長くなりますが抜粋します。
運河に浮かぶ船や森林の中を流れる渓流が描かれたヤン・ファン・ホイエンやロイスダールなど17世紀オランダ風景画を代表する画家たちの作品を見るならば、そこに描かれた風景が彼ら自身の周辺にあったオランダの光景そのものに違いないことを確信させる。

たしかに彼らの風景画は「写実主義」なのである。

ところが、同時代のオランダにはこれとはまったく異なる系譜に属す一群の画家たちもいた。

本展にも出品されているが、プーレンブルフ、ブレーンベルフ、そして、ヤン・ボトやアセレインなどのイタリア的風景画を描いた画家たちである。

彼らの多くはイタリアに長く滞在し、その様式は「写実主義」の風景画とは著しく異なっている。彼らの作品においては、しばしば神話的人物や古代的廃墟という「写実主義」とはいえないモティーフが描かれ、また、概して、その画面は丁寧に仕上げられ、筆あとは見えない。

これは、農村風景や運河の光景を素早い筆さばきで描写した、いわゆるファン・ホイエンらの手になるオランダの「写実主義」とは明らかに異なるものである。

とすれば、17世紀のオランダにはふたつの異なる風景画の様式が共存していたことになる。
幸福さんは、この「17世紀オランダ風景画におけるふたつの伝統の共存」に注目されています。
プーレンブルフやボトなどのいわゆる「オランダのイタリア的風景画」は、一般に「理想風景」の系譜に属するものと考えられている。

「理想風景」の明確な定義があるわけではないが、とりあえずは田園詩の伝統を背景に、古代的理想に彩られた風景表現の流れと規定することができよう。

1600年頃の北イタリアに端を発するこの風景画の伝統は、17世紀のローマで活動したひとりのフランス人の画家によって完成に導かれた。

すなわち、クロード・ロランである。
けれども「写実主義」と「理想風景」は截然と切り離すことはできないそうです。
クロード・ロランはフランス人であるが、ローマで活動し、おそらく、オランダなどアルプスの彼方からやってきた北方画家たちとの交流の中から独自の様式を確立していった。

古代的静謐と悲劇的感情に充たされたクロードの代表作はしばしば「理想風景」の典型とされ、それは「写実的」な北方風景画とは対照的なものと考えられてきた。

しかし、クロードの重要な側面の一つに「北方的資質」があったことは紛れもない事実であり、また、その資質があったからこそ、彼の風景画はイタリアやフランスを越えて広く北方の国々にも受け入れられたのであろう。

とすれば、「理想風景」の代表者であるクロード・ロランの風景画の基礎には「写実主義」があったということにもなるのだろうか。
このあたりの議論は専門的なのでぼくにはよくわかりませんが、「オランダの光」と「イタリアの光」がそこには交錯していたということでしょうか。

アニメ【ゲド戦記】の背景にも要注目ですね!

*


国立西洋美術館》サイトのトップ画像はクロード・ロランの『踊るサテュロスとニンフのいる風景』です!
 
posted by sakae at 03:32 | Comment(7) | TrackBack(0) | 17世紀/オランダ

2006年06月14日

もうちょっと人生が複雑なの ― 宮崎駿【紅の豚】

再び《「ゲド戦記」挿入歌CD発売記念記者会見》より ―
Q:手嶌さんの好きなジブリ作品を教えてください。

手嶌さん:
スタジオジブリの作品は小さい頃から、家族みんな大好きで見ていました。私は「紅の豚」が特に好きです。加藤登紀子さんのシャンソンが好きですし、ポルコ(紅の豚)が好きです。

鈴木プロデューサー:
今日は胸に「紅の豚」の飛行機をつけているんだよね。

この作品ずっと気になっていたのに未見だったので、さっそく観てみました^^


宮崎駿【紅の豚】


これ、宮崎アニメとしては異色のまさに珠玉作品!イタリア語で“Porco Rosso”
小学館の『伊和中辞典』によると
porco【男性名詞】[複 -ci;女 -a]豚
rosso【形容詞】1.赤い 3.左翼の、革新派の

加藤登紀子さんの歌も素晴らしいだけでなく、マダム・ジーナ役を担当されていますが、その声がとっても魅力的。アルバムを聴いてみたくなりました。


加藤登紀子【シャントゥーズ・トキコ“仏蘭西情歌”】

 
posted by sakae at 04:23 | Comment(3) | TrackBack(0) | 映画/ドラマ

2006年06月10日

三ノ輪・同潤会アパート ― 映画【ハチミツとクローバー】

羽海野チカさんの『ハチミツとクローバー』第1巻最初のページを開いたとき、「おっ!」と感じたことを覚えています。それは本の表紙から連想される“少女まんが風”イメージとのギャップから来るものだったのかもしれません。

そこに描かれた、昔ながらの共同住宅。家賃が安いという理由でそこに暮らす美大に通う若者たち。もうそれだけで、ハチクロの世界にぐっと親近感を抱きました。

今回の映画化にあたりその舞台として、なんと!同潤会アパートが使われたそうです。
──竹本君、森田君、真山君が暮らす寮は、取り壊される前の三ノ輪・同潤会アパートに作られたとか。

「昔から大事に使われてきたところだから、全面的に手を入れて変えてしまうことには最初、抵抗があったんです。最終的には、かなり壁を塗ったりしたんですが、3人がそれぞれの個性を出せるような部屋を考えました」
あの表参道ヒルズも同潤会青山アパートを建て替えて生まれたのでした。以前にもちょっと触れた建築家・安藤忠雄さんの「人々の心の中にある都市にまつわる記憶」ということばが思いおこされます。

例によって《ウィキペディア》をのぞいてみると ―
関東大震災後に発足した財団法人同潤会が東京・横浜に建設した鉄筋コンクリート造の集合住宅のこと。
1923(大正12)年9月1日の関東大震災により甚大な被害を被った帝都に、主として1926年から1930年にかけて建設されたということが分ります。つまり今から80年近く前に防災の目的もあって建てられたアパートということです。さらに ―
近代日本で最初期の鉄筋コンクリート造集合住宅として貴重な存在であり、居住者への配慮が行き届いたきめ細かな計画などの先見性が評価されている。
震災による被害が大きかったのは、当時の住宅が火災に弱い木造家屋だったことによると聞いたように思いますが、それに対する反省としての鉄筋コンクリートだったのですね。さらに建造物としてだけではなく、そこに住まう人々への“配慮”があったからこそ、「取壊しに際して保存運動」もあったのでしょう。
2006年現在残っているのは、上野下アパート、三ノ輪アパートの2か所のみである。
とありますが、三ノ輪アパートの方は、先のインタビュー記事からすると取り壊されてしまったのでしょうか。

同潤会アパートメントの記憶》によると、三ノ輪アパートは ―
最終所在地    東京都荒川区東日暮里2-36
建設完成生年月日 1928年6月23日
同サイトの[アパートメント]→[三ノ輪アパート]をclickすると何枚かの写真を見ることができますが、3枚目の写真はハチクロの冒頭のシーンを連想させます。

*

住まいというのは、いうまでもありませんがたんなる建造物ではありません。そこに長年暮してきた人びとの思いや記憶が織り込まれています。

それこそ、【エウレカセブン】第1話それも冒頭で、ストナー(おそらくシリーズ構成をおこなった脚本家・佐藤大さんの“分身”)が語るように、
記憶というものは、決して単体で存在せず、それをとりまく環境に支配されているというわけだ。
あと戻りのできない過去であっても、記憶によってそれらは“いま/ここに”折り畳まれています。

それだけではなくて、住まいはもしかすると「地霊(ゲニウス・ロキ)」とも関係しているのかもしれません。

いずれにしろ、映画版ハチクロを観る楽しみがまたひとつふえました^^
 
タグ:蒼井優
posted by sakae at 17:55 | Comment(6) | TrackBack(0) | 映画/ドラマ

2006年06月09日

これから!手嶌葵 in 【TEENS' MUSIC WAVE】

【テルーの唄】を何度か聴くうちに、手嶌葵さんのことをもっと知りたくなりました。Amazonサイトには次の記述があります。
2003年と2004年に、出身地である福岡で行われたTEENS'MUSIC FESTIVAL協賛「DIVA」に出場。その歌声が聴衆を魅了したのはもちろん、2005年の3月には韓国で行われたイベント「日韓スローミュージックの世界」にも出演し好評を博した。

TEENS'MUSIC FESTIVAL》は、今年で20年目を迎える若手の音楽家の登竜門だとか。そういえば彼女の所属するレーベルは“ヤマハミュージックコミュニケーションズ”。ぼくには、《世界歌謡祭》や《POPCON》がなつかしいです。その流れを「TEENS'MUSIC FESTIVAL」も汲んでいるんですね。

手嶌葵オフィシャルサイト》によれば、【TEENS' MUSIC WAVE】(ニッポン放送の場合/6月9日深夜0:40〜1:00)に“コメンテイター”として出演されるようです。

この番組、「ニッポン放送をキーステーションに全国16局のAMラジオ局でオンエアしている【ティーンズ・ミュージック・フェスティバル】(TMF)の応援番組」とのこと。

これから聴いてみようと思います!
 


posted by sakae at 21:46 | Comment(4) | TrackBack(0) | 音楽

【うなずきん】“はぐ”バージョンお披露目!

映画【ハチミツとクローバー】NEWS》を見ると、
前回はイラストだったように思うのですが、今は写真となっています!

 
【うなずきん】“はぐ”バージョン
posted by sakae at 02:39 | Comment(2) | TrackBack(1) | いろいろ

2006年06月08日

手嶌葵【テルーの唄】― ティンカーベルヴォイス

目を瞑り、その唄声にじっと耳を傾けずにはいられない。

子守唄のようなシンプルなメロディーに、美しい日本語が語りかけるように唄われます。

なんといっても、手嶌葵(てしま・あおい)さんの声!
宮崎吾朗監督に“女神”といわしめただけのことはあります。


手嶌葵【テルーの唄】(ゲド戦記 劇中挿入歌)


MC:「テルーの唄」についてはどう思いますか?

宮崎監督:
本当にこの声に出会えて良かったと思っています。良い歌が出来たということだけではなく、彼女の歌声を聴きながら感じたことを、自分の作品に反映させていくことが出来たので。歌を通して作品が変わっていったのですから、出会えて良かったと。

鈴木プロデューサー:
(「テルーの唄」が出来たとき)絵コンテは完成していなかったよね?

宮崎監督:
完成してなかったですね。 ストーリーもちゃんと決まっていない段階から、葵ちゃんにしようということだけは決まっていましたので。歌が映画に与えた影響は大きいです。


オリコンのデイリー・シングルチャートで初登場6位!これは
これまでの初動順位記録は01年の『千と千尋の神隠し』主題歌で木村弓の「いつも何度でも」の17位となっており、今作はそれを大きく上回る可能性が高くなってきた。

幸か不幸かぼくはこれまで【ゲド戦記】関連の映像や音楽をテレビ等で観ていませんでした。そのため印象はより強いものとなりました。

まだ視聴されていない方はぜひ、オフィシャルサイトへ!


 
posted by sakae at 03:30 | Comment(3) | TrackBack(0) | 音楽

2006年06月07日

プロデューサーの時代 ― 「世界最大の映画市場としてのカンヌ国際映画祭」

月曜・火曜と日本経済新聞朝刊文化欄に、「日本映画売ります/2006カンヌ報告」と題された記事が掲載され、興味深く読みました。
世界最大の映画祭、カンヌ国際映画祭は世界最大の映画市場でもある。作品の上映権を売買し、国際的な共同製作の企画を仕掛ける。先月の映画祭には90カ国のバイヤーが参加し、1500本以上の作品が売りに出された。日本の作品も様々な話題を呼んだ。
ほど遠いオンデマンド放送/怒涛のコミック原作映画》でもちょっと触れましたが、「日本には韓国ドラマや米国ドラマが大量に入ってくるのに対して、国内ドラマがさほどでもない」だけでなく、日本の映画も海外で商業的に成功するのは極めてまれなのではないでしょうか。(映画祭で受賞して話題になることはあっても)
日本の映画市場は米国に次ぐ世界二位の規模。海外は二の次という映画会社や出資会社が多かったが、製作本数の増加と市場の伸び悩みで、海外市場を開拓しようとの動きが強まっている。今年のカンヌには日本から16社が参加、約50本の作品を売りに出した。5年ほど前は3、4社、10本程度にすぎなかった。
「世界2位の規模」ということと「海外は二の次」ということとは本来は関係がないことのように思いますが、それを結び付けてしまうような日本人固有の感覚があったのかもしれません。

それはともかく、これまでのそうした状況に変化が見られるというのです。本数が増えたばかりではありません。従来の出来上がった作品をセールするだけでなく、“プリセール”といって「作品の完成前に契約する」ケースが出てきたのが注目に値します。それだけ日本の映画の評価が高まってきているということです。
総じて今年のカンヌの日本作品の売れ行きは好調だった。
だが、日本映画の海外上映権は一本あたり数百万円が相場とされ、「驚くほど安い」のが現状だ。好調な販売は、価格が安いからともいえる。ハリウッド映画のように製作段階から海外向けの売り上げを見込んで予算を組むにはほど遠い。

このように「日本映画の海外戦略」が後手に回っているのは、「企画段階から主導権をとり、複数の国でヒットを狙う作品をてがけるプロデューサー」が“皆無”だったことも大きな原因のようです。

“先達はあらまほしきことなり”というわけで、経済産業省も腰を上げ、日本映像国際振興協会(ユニジャパン)などと「プロデューサーズ・ワークショップ2006」を開き、「今後何年間かで、海外との合作作品を手がける映画プロデューサーを育成する」意向とか。

その第一歩がこの前のカンヌ国際映画祭だったのです。


*


そういえば浦沢直樹さんも、プロデューサーの重要性を語っていました。
僕が模索しているのは、非常に優秀な才能があるにもかかわらず、メジャーでやるのはいかがなものか、とやっている人たちをメジャー・フィールドに持っていく方法。それをしないと、マンガはもしかすると衰退していくかもしれない。逆にそれが成功すれば非常に未来が開ける気がする。マイナーな人をメジャーで、というのが商業誌の編集者が一番苦手とするところだからさ。僕らは描き手だから、描き手サイドのそういうのが嫌だ、というのもわかるし、じゃあ、どういう風にしていくか、という相談もできる。
『ユリイカ』2006年1月号

また、いずれ触れるつもりですが【エウレカセブン】の京田監督も“プロデューサー”を兼ねることができたなら…というニュアンスのことを語っていたように思います。

何かを表現しようとするとき、今後プロデューサーの役割が以前にもまして重要となるのは間違いないようです。

*


ユニジャパン《日本映画アーカイブス2005

アップルJapan《Movie Trailers

アップル《Movie Trailers

 
posted by sakae at 03:38 | Comment(4) | TrackBack(0) | 映画/ドラマ

2006年06月04日

【うなずきん】“はぐ”バージョン発売!

映画【ハチミツとクローバー】NEWS》によると ―
あなたの問いかけにうなずいたり首を横に振って答えてくれる大人気の和ごみ系玩具、「うなずきん」の「ハチクロ」バージョンが発売決定!今回のうなずきんは物語の主人公「花本はぐみ(愛称:はぐ)」の雰囲気をイメージしたずきんをかぶり、「ハチクロ映画公式グッズ」として新登場します!
発売元:バンダイ
商品名:うなずきん ハチミツとクローバーver
価格:1,050円(税込)
発売日:7月中旬

うなずきん!?ぼくは知りませんでしたが…

うなずきん.jpg

このお顔とドレスが“はぐ”ってこと?それともずきんだけ?「はぐの雰囲気をイメージした」ってどんな感じ?実物をみてからじゃないとではありますが…

う、☆〜い!
ますます年齢とギャッコウしています^^;


うなずきん news

posted by sakae at 00:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | いろいろ

2006年06月02日

ウェントワース・ミラー ― Happy Birthday!

【プリズン・ブレイク】vol.4 と vol.5 は無事レンタルできたでしょうか?
【vol.4】
第7話「悪魔の孔(あな)Part2」(原題:RIOTS,DRILLS AND THE DEVIL PART2)
第8話「ルート66」(原題:OLD HEAD,THE)

【vol.5】
第9話「トゥイーナー」(原題:TWEENER)
第10話「策士」(原題:SLEIGHT OF HAND)

観るほどにおもしろさは加速し、ますますウェントワース・ミラーに惚れ込んじゃいます!

彼は1972年6月2日生まれですから、今日でちょうど34歳。
しかも独身!(ぼくにはあまり関係ありませんが^^)

Happy birthday!


ウィキペディア》によると、
ミラーは、父親側の血縁にアフリカ系アメリカ人、ジャマイカ人、イギリス人およびユダヤ系ドイツ人があり、 母親側の血縁にロシア人、フランス人、オランダ人、シリア人、レバノン人を持つ。
イギリス・オックスフォードシャー州のチッピング・ノートンで生まれ、ニューヨーク・ブルックリンで育った。
アフリカの血も流れているのですね。これに関しては、まだ未見ですが《映画【白いカラス】》で主役の“コールマン・シルク”(アンソニー・ホプキンス)の青年時代を演じていますが、映画サイトにも「ミラー自身にも黒人の血が4分の1流れている」と書かれています。

インターネット・ムービー・データベース》によると、彼は次のように語っています。
"My father is black and my mother is white.
Therefore, I could answer to either, which kind of makes me a racial Lone Ranger, caught between two communities."

“a racial Lone Ranger”という表現が、彼のイメージと重なります。(貧弱な英語力なので勘違いしているかもしれません^^;)

また…
He has one eye that is a different color than the other.
His left eye is green while his right eye is hazel.

左目がグリーンで
右目がハシバミ色(薄茶色)!


彼の“目力”はこんなところにもあったのですね。
posted by sakae at 22:27 | Comment(3) | TrackBack(0) | 映画/ドラマ

2006年06月01日

ほど遠いオンデマンド放送/怒涛のコミック原作映画

昨日の新聞記事から―
現行の著作権法では通信の一種として扱われ、テレビ放送、ケーブルテレビ(CATV)放送に比べて著作権処理が煩雑となっている「IP(インターネット・プロトコル)放送」について、文化審議会の著作権分科会法制問題小委員会は30日、著作権処理をCATV並みに簡単にするよう同法を改正するべきだとする報告書骨子をまとめた。

「見たい番組」を「見たい時」に観ることができたなら、と多くの人が思っていて、それは技術的にはすでに可能なんじゃないかと思えるのに、まだまだ簡単ではないようです。

これまでIP放送は、「放送前に俳優や歌手、レコード会社などすべての著作権者から許諾を得る必要」であるのが、「テレビと同じ番組を同時に流す」場合に限り、その必要がなくなるというだけです。一歩前進には違いはないのでしょうけれど…。

壁になっているのは日本国内の著作権法だけではなく、日本やアメリカなど57カ国が加盟している“世界知的所有権機関(WIPO)”が定める条約から抜けなければ“オンデマンド放送”はむずかしいのだそうです。

それに関して想起されるのが、韓国のたとえば放送局サイトの“自由さ”です。日経に次の指摘がありました。
韓国の著作権法では俳優らとの権利処理が日本より容易で、映像作品の二次利用に関する許諾権は俳優ではなく制作者に帰属する特例条項がある。
過去の番組をネット配信する際も俳優の許諾は不要。
放送作家や音楽家には著作権料を払っており、MBCの場合、放送作家の脚本を一元管理する団体に番組の配信ごとに純利益の9%を支払い、韓国音楽著作権協会には売上高の1%を払っている。
(2006年5月31日 日本経済新聞)
日本では大手プロダクションの力が強く、「許諾権を奪われることには強く抵抗している」のが現状とか。

日本には韓国ドラマや米国ドラマが大量に入ってくるのに対して、国内ドラマがさほどでもないのもここら辺に原因があるということでしょうか。

その点アニメは垣根が低そうです。声優さんも海外では吹き替えになるんでしょうし。それとも字幕とか付けるのかしらん。

最近コミック原作のドラマが多いと思っていたら、これから公開される映画もいっぱいあるんですねぇ。以前とり上げた『ハチミツとクローバー』もそうですが、雑誌「Invitation」5月号によると、こんなにたくさん!


今後のコミックの映像化で注目されそうな形態が「オールライツ」という考え方だ。
これは映画にとどまらずドラマ、アニメーションなどそのほかの映像化の権利をとってしまうこと。
これもまた新たなコミックの時代を暗示しているのでしょうか。
posted by sakae at 03:58 | Comment(2) | TrackBack(0) | 映画/ドラマ
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